FEATURE INTERVIEW

福山市教育長インタビュー

学校の先生は一番なりたくない職業だったんです

ー福山市の教育長として色々な改革を試みていますね。どのような背景で、改革を進めているのですか?

「イノベーション」などと言われていますが、世の中から見れば、私がやっていることは新しくも、珍しくもありません。私の場合「子供」が原点にあります。子供の元気とか笑顔、学び、意欲をなんとかしたいとずっと思ってきました。その源は教員になってからずっと変わりません。「子供ってすごいな」と憧れるような思いを持っていました。

 ですから、実は、教員時代はずっと学校の中を窮屈に感じていました。服装や決まりなど、なぜそんなに細かいことを決めるのかという疑問が最初の頃からありました。しかし、それをちゃんと指導できるのが「力のある先生」というのが普通の時代。受験をひかえた中学生ですから内申書に書くぞ、といった指導は当たり前のように耳にしていました。しかし、私はそのような指導は一切しなかったです。内申書のためではなく、「なぜ規則を守る必要があるのか ?」ということを自分の中で考えていました。

ー先生になる前からそうでしたか?

 はい。実は学校の先生は一番なりたくない職業だったんです(笑)。普通の会社に就職するつもりでしたが、教職でもとっておくか、と教育実習に2週間行ったところ、子供たちに魅了され、すっかり心変わりして教師になったのです。
 ただ、教える場所が変わっても、役割が変わっても、窮屈さや違和感をずっと感じていました。だんだん自分に任される権限が増えてきて、今教育長としてやっとその窮屈さを解こうとしているので、実は今が一番のびのびと元気にやっています(笑)。色々な人に会ったり、力を貸していただきながら、教室を柔らかく緩やかにしていこうとしています。しかしなかなか緩まないので、日々戦いの連続です。もうダメかなと思ったこともたくさんありました。でも、そのうちに「三好に任せよう」と言ってくれる方も出てきました。子供が面白がって学ぶ、そんな教室や学校を作っていく仕事は本当に楽しいです。

 私に許された時間やできることは限られていますが、子供たちを通して夢が見られることは素晴らしいことだと感じています。子供たち一人一人が違うだけに、それぞれの夢が見えてくるととても楽しいですね。元気が出てワクワクします。

真実の言葉、本当の思い

ーその中でTIと出会った。どんな出会いだったのでしょうか?

文部科学省の若い職員が立ち上げた「教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム」の合宿が2018年9月にありました。そして初日の午前中に宮地さん(TI代表理事)が来られていました。順番に自己紹介をした時に「心の中にある真実の言葉を言いましょう」と言われたんです。私も全く同感でした。私も本当に思っていることしか言わないようにしていましたし、子供が学ぶ、ただそのためのことだけをやっている。
 たとえば、順位をつければ一点でも違えば1位と最下位ができます。多くの人はすぐに学力テストの点が低い、あるいは何位だとか言いますね。本当はそれよりもっと大事なことは、その学力がどんな学力なのかということです。数字に意味がないとは思いません。しかし、数字ばかりを言われると、大事なことが見えなくなる。学校で子供たちが何を学び、どんな状況にあるのか、そこに関わる先生たちはどうなっているのかということが見えてこない。真実はどこにあるのか。それを私は市議会などでも言います。
 ですから、宮地さんが「真実の言葉」と言われた時に、私も全くそう思いますと発言しました。

 そしてぜひ宮地さんと直接お話をしてみたいと思って、その夜に話をさせてもらいました。さらに次の日はお休みだったのですが、事務所を訪問させていただきました。事務所には、色、形、綺麗なものがいっぱいありました。話は飛ぶのですが、今年「イエナプラン教育校※」の設立に向けた準備を始めました。イエナの教室って、ものすごくカラフルなんですよ。宮地さんの事務所に行かせてもらった時にそのようなイメージを持ちました。

※ ドイツで始まりオランダで広がった、一人一人を尊重しながら自律と共生を学ぶ教育。対話や遊びを重視した学び、異学年でのグループ学習など様々な特徴を持つ。

教員が一方的に教えるだけでは子どもは学ばない

ー21世紀ティーチャーズプログラムを福山市で導入しようと決めたのはどうしてですか?

 この2年ほど、小学校2校の1年生が学ぶ過程を追いかけていたんです。教員が一方的に教えるだけでは子供は学ばない、わからない子もいるのです。子供というのは入学した時点では、それまで育ってきた環境に差があり、その前提の中でまず言葉と数を勉強し始めます。先生が教科書にしたがってすべての子供に同じような手順でゆっくり教えても、子供によって理解のスピードは様々です。ドリルなどをやれば、答えは出せるようになっていくけれど、本当はわかっていない子供もいる。それは認知科学や心理学の研究でも明らかになっていて、その上には、本質の理解は乗っからないのです。
 2016年が福山市市制施行100周年でした。その年を区切りに次の100年に向けて確かな学びで確かな行動ができる力をつけていこうという「福山100NEN教育」の理念を掲げました。全ての子供たちが自らの可能性を信じ、主体的に生きる社会を実現する、生まれ育った家庭や環境に関わらず自分の可能性を信じ主体的に生きていくことがこの国を豊かにする……。宮地さんにお話を聞かせてもらい、資料を読んだ時に、「福山100NEN教育」で目指す理念と全く同じだと思いました。

ー本プログラムでは、従来型の「教える」というモードではなく、21世紀的な「学びの場を作る」ということを学びます。最初のワークが「なぜ教師になったか」という原点を考えるものですが、それについてどう思われますか?

 先生はどうしても教えよう、させようとします。そこを変えようとしてもなかなか難しい。「なぜ教師になったか」という原点を考えるTIの内容は、まさに教師の価値観や自分自身を見つめ直し、子供とどう向き合うか考える機会になるプログラムと理解しました。
 子供達はそもそもだれもが、自ら学びたい、知りたいと思っているんです。子供が学び始める場を作って、そこにどう関わるかというのが本来の教員の役割だと思います。「教えたい」と思って教員になった人もいるかもしれません。しかし、教師になった原点を見直した時に、「実は教えすぎていた」「子供が自ら学ぼうとするのを邪魔していた」と気づきが起こる。じゃあ教えるのではなく、先生の役割は一体何か?という感覚が変わると、教室での学びが一気に変わります。  教室に30人の子供がいたら、それぞれの気づきや学びがあります。「本当にそうなの?」と子供たちに問いかけると、そこから「どうして」とか「なぜ」とかを考え、探し始めるんです。そうなると実は教える必要がない。

子供たちや先生たちが主体的に作っていく学びの場

ーこれから3年間TIのプログラムを継続し、3年後には福山市の各学校に4人のTIティーチャーが配置されるようになりますね。3年後に学校の現場がどんな風になっているか、ビジョンをお持ちですか?

 先生が黒板を背に立っているイメージはありません。「あれ、先生どこにいるのかな?」という風景です。子供が教室で机を一斉に前に向け、ノートを書き、発表するという姿ではないと思います。時には集中して話を聞き、時には子供たちそれぞれのペースで多様に学んでいる。先生の役割や立ち位置は、教科や内容によって様々に異なるような教室や学校をイメージしています。行事にしても、全て子供たちが考えてどうするか決めます。
 福山市では昨年1年間、生徒指導規定という規則の見直しをやってきました。まだまだ教員も硬いのですが、実は子供たちも硬かった。“規則はなければならない”というのが、当たり前になっているのです。
 数年後にはこんな規定の見直しでも、「これをこうしよう」という意見が先生や子供からも自然と出てくる。それぞれに合った教室や学校を、子供たちや先生たちが自分たちの手で作っていく……、そんな学校をイメージしています。  TIのプログラムを導入させてもらうことは本当に楽しみなんです。なかなか難しく変わらないと思っていた先生たちの意識も、世の中全体が支えて変えていこうという追い風になっていると思っています。TIは先生たち自らに気づき、変わっていくためのプログラムで、未来につながる大きな学びの機会になると思っています。

三好雅章氏

広島県福山市教育長。大学卒業後、中学社会科の教員を14年務めたのち、広島県の教育委員会で10年間にわたり社会教育、生涯学習、義務教育の仕事に従事。その後の8年間は福山市の教育委員会で教職員の人事、研修を担当したのち、指導や人事の課長、学校教育の部長を歴任。中学校の校長を1年3ヶ月経た上で、平成26年7月1日より現職。

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