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行動の「裏付け」を得たことが最大の収穫


京都市総合教育センター
指導主事 宮越 敬記

教員になってからも常に新しい知識や手法を吸収しようという意欲を持ち続けていた私。TIの研修は、これまであやふやな形で自分の中にあったノウハウやスキルを系統立てられた理論で繋げ、きちんとした形に整えてくれました。また、仲間と話し合って何かを作る「協働」の素晴らしさも実感できました。

私は昔から、「既存のやり方をそのまま踏襲する」ということが苦手な性格です。一度、職業適性検査を受けてみたことがあったのですが、「性格は保守的か、それとも革新的か?」という診断では「92パーセント革新的」という判定でした。とにかく既存のものをそのまま使うのが好きではなく、いったん壊して新しいものを作り上げたいという気持ちが常にありましたし、今もそれは変わりません。

そのことは、教員時代の私の行動にも表われていました。基本的に前年度と同じ授業はしたくないと考えていて、毎年、必ず新しい要素を入れることを心がけていたのです。

一例を挙げると、プリント学習で使用する自作の教材。「無機化学2016」「無機化学2017」というように、必ずバージョンアップさせていました。どうやったら生徒にとってわかりやすく改良できるかを考えながら、何かひとつは新しいネタを入れるようにしていたのです。また、テストの問題も「絶対に面白いものにしたい」という思いがあって、時間が許す限り、いろんな要素を取り入れて凝った問題を作成していました。

この原動力になったのは、新しいものを作ることを「自分自身も楽しむ」という姿勢だったと思います。実際、私にとっては、教材やテストの問題をアップデートさせることも、新しい知識や手法などを吸収していくこともとても楽しく、そのための努力は苦になりませんでした。また、自分が工夫してアップデートさせた授業に対して、生徒の反応が良くなっていくことも大きな励みになっていました。

教員になってからも、常に新しい知識や手法を吸収しようという意欲を持ち続けていたことは、指導主事になる際の気持ちの切り替えにも役立っていたように思います。

指導主事になることが決まり、これまで学校の現場で心血を注いできた授業や部活動などから離れることになって、落胆する人も少なくないと聞きます。また、これまで自分が蓄積してきた知見が通用するかわからない、まったく未知の職場に飛び込むことに不安を感じるケースもあるでしょう。私も、自分自身の高校生活が楽しかったことがきっかけで教員を目指した背景がありますし、貴重な3年間の高校生活に生徒の間近で関われることはとても魅力に感じていましたので、少し戸惑った部分はありました。

ただ、こうも思ったのです。「指導主事になったら、学校や教育について、もっと勉強できるんじゃないか」と。そして、それがとても魅力的に思えてきて、「よし、やってみるか」という前向きな気持ちになれたのです。

学びの場に自分の身を置けることが指導主事のメリット

実際、指導主事になってから約4年が経ちましたが、この仕事のいちばんのメリットは学びの場に自分の身を置けることだと感じています。一教員であれば、参加する研修は初任者研修や5年経験者研修など、自分に関係するものだけに限られてきますが、指導主事はほぼすべての研修に関われます。その中で、自分が本来は接することがなかったはずのテーマについても理解を深められますし、他の指導主事が練り上げた研修に触れて、そのエッセンスを吸収することもできるのです。

また、学校で生徒と向き合って授業や部活動に関わっていた頃と比べて、自分の学びにより多くの時間を割くこともできます。私は、コロナ禍になる以前は、外部の学びの場にも積極的に参加するようにしていました。文部科学省や民間企業・団体などが主催するフォーラムやセミナーに参加し、講演を聴いたりディスカッションを行なったりということを続けていたのです。多くは1日で完結するもので、頻度は年間に4~5回程度。行けるチャンスがあれば、なるべくそれを活用するというようなスタンスでした。

さらに、そうやって学んだことを自分の仕事にどう活かすかというのも、常に念頭に置いていました。そういう勉強の場で聞いてきた内容を自分の中でどう噛み砕いて、自分が作る研修の中にどう落とし込んでいくかというのが、やはり大事なことだと思います。他人の言葉をそのまま使うのではなく、自分の中で消化して自分の言葉に落とし、それを組み立てて研修を作るというサイクルを意識していました。

 その延長線上で出会ったのが、ティーチャーズ・イニシアティブ(TI)の高校指導主事向け研修です。私は教育委員会に来て4年目を迎えており、職場のチームの主任という役割を任されていました。

 最初に研修内容などが書かれたチラシを見て、「これは面白そうだな。参加してみたいな」と思いました。というのも、対面でキックオフ合宿を行ったり、最後に東京都内で実践発表会をしたりするという内容が書かれていたからです。コロナ禍で参加できる学びの場がオンライン開催ばかりになり、どうしようもないことだと頭ではわかっているものの、少し物足りなさを感じていた私にとっては、それはとても魅力的でした。

 ただ同時に、私がチームのいちばんの古株となり主任という立場にいる状況もあり、チームに加わって日が浅いメンバーにまずは参加を促すことも必要だと感じました。彼らはコロナ禍で外へ出ることがなかなかできず、学びの機会を制限されてしまっています。せっかくのチャンスなのだから、ぜひ活用して欲しいと思ったのです。

 ところが、チームの会議で研修のことを紹介したのですが、誰からもリアクションがありませんでした。これは残念なことでしたが、とはいえ、こういう学びの場には自発的に参加しなければ意味がありません。そこで、私自身が参加することにしたのです。

すべてのプログラムが理論に裏打ちされていることのすごさ

 こうして参加したTIの高校指導主事向け研修ですが、全体を通して印象的だったのは、すべてのプログラムがきちんと理論に裏打ちされて作られていること、そして「これをすれば、こうなるはずだ」という確信に基づいて組み立てられていることでした。とても感心しましたし、「なんてすごいんだ」という衝撃を受けました。

 たとえば、チェックインやチェックアウト。プログラムの冒頭と終わりに「今の気持ちをありのままに、端的にしゃべってください」と言われるのですが、最初は「何の意味があるの?」という感じでよくわからないのです。ところが、実際にやってみると、その意図や効果を実感できます。初対面の人同士でも、そのあとの議論が盛り上がるのです。ほんの少しでもお互いのことがわかり合えることで、話が弾むようになるのでしょう。

 また、キックオフ合宿の約2週間後に行なわれた「ラーニングデザインセッション」(2021年10月2日)も、私にとって有益でした。3つの「問い」で学びを作る実践に取り組んだのですが、問いが持つ力や構造、どういう意図を持って問いを設計するべきなのかが、しっかりと理解できたのです。もちろん、TIの研修に参加する以前にもそれらの事柄を意識しながら研修を作るようにはしていましたが、ここまで明確な意図を持つことはできていなかったと気付け、非常に勉強になりました。

 指導主事になってから戸惑ったことのひとつに、それまでとはまったく異なる業務内容なのにもかかわらず、「指導主事になりたての人」向けにはなんの研修も用意されていないことがありました。では、どう対処するのかというと、周りの人たち、先輩や同僚がやっていることを見よう見まねでやっていくしかない。当然、余裕がなくなるので、研修を作る際に前任者から引き継いだ資料をそのまま「再利用」するということも起きてしまいます。

 これは、教員にも同じような側面があるように思います。キャリアや立場に応じた研修は用意されていますが、授業の進め方や指導方法などを学ぶ際には、先輩のやり方を見て「盗む」とか、自分が学生の時に受けた授業をベースにするとか、それぞれが独自のやり方で模索していくしかない部分が多くあるのです。勘や経験というものが大きく影響することは否めないと思います。

 そういった勘や経験によって獲得されたノウハウやスキルは、多くの場合、明確な言葉にはなっておらず「なんとなくそこにある」という状態です。それらをきちんと系統立てられた理論で繋げていってくれる、きちんとした形に整えてくれるというのがTIの研修の魅力だと、私は思います。もちろん、プログラムに取り組んでいる最中にすべてがクリアになるというわけではありません。時間が経ってから「そうか、そういう仕掛けになっていたんだ」という気付きが生まれることもあります。その意味では、TIの研修はプログラムに参加してそれで終わりというものではないのだと思います。

仲間と話し合って何かを作る「協働」の素晴らしさを改めて実感

 TIの研修の魅力としてもうひとつ挙げられるのが、他の参加者との交流です。

 私はふだんから、自分の心の中にあるものを「自分の言葉」にして相手に伝えるという姿勢を心がけていましたし、研修に参加する前までは、自分の考えや思いを話すことは割と得意な方だと思っていました。

 ところが、TIの研修で他の参加者が話すのを聞いて、「うわあ、みなさん、そんなにしゃべれるんだ」と驚きました。チェックインで自分の今の気持ちを話すときにも、チェックアウトで振り返りをする際にも、すごく明確に言語化できているのです。他の参加者が話す内容を聞きながら、「それそれ! 僕が言いたかったのはそういうことなんだよ」とうなずくことも多くありました。「自分の中で気付いてはいるのだけれど、自分の言葉で表現できていないこと」について、誰かがものすごく上手に表現してくれるという場面も多くあり、そのたびにメモをとるようにしていました。

 また、チームに分かれて話し合いながらワークショップを設計し、お互いに実践する「自主ラボ」でも、他の参加者との対話から多くの刺激を得られました。

 私はふだんの職場では、チームのいちばんの古株としてリーダー的な役割をしていますので、私が作った案に対して他のメンバーから意見が出ることはあまりありません。ほとんどの場合は「そうですね、それで行きましょう」となってしまうのです。私に対する遠慮があるのだろうと思いますが、「きっと何か思うところはあるはず」とか「もう少し意見がもらえると嬉しいのにな」と感じる部分もあります。

 それに対して、自主ラボではチームのメンバーからたくさんの意見をもらえました。私が作った原案に対して、「実際にやってみたんですけど、ここはこうしたほうがいいと思います」とか「この部分はやりにくかったので、こうしたほうが良くなるのでは?」など、いろんなフィードバックをもらいながら、さらに精度を高めていくという作業を経験できたのです。「ああ、1人で作るんじゃなく、みんなで話し合って何かを作る作業って、やっぱり楽しいものだな」と思えて、改めて協働の大切さを実感できました。

 これらは、1人で参加して話を聞いているだけの研修プログラムでは、決して得られない学びの体験だったと思います。本音を言うと、限られた時間だとしても対面の場がもっとあれば、より良いものが作れたかもしれないという気持ちはあります。ただ、コロナ禍という状況では仕方がないことでしたし、研修は終了しましたが、今後も他の参加者との交流は続けていきたいと思っています。

「どう相手の心を動かすのか」の手立てが明確になってきた

 さて、TIの高校指導主事向け研修に参加してからの私自身の変化ですが、思考回路が変わったかなと感じています。具体的に言うと、「どうしてそれをするのか?」という行動の「意図」をより意識するようになりました。

たとえば、チームのメンバーから「今年の研修はここを変更します」と報告された際に、「どうして変更するんですか? 何がダメだったからそう変えるんですか?」と訊ねるようになりました。また逆に、「変更点はありません」という報告であれば、「昨年、課題は出なかったんですか?」と聞くようになったのです。

これは、チームのメンバーにも「どこに課題意識があって、どういう意図でそれをしようとしているか?」を自分の中で明確にして欲しいからです。これまでもそういう質問をすることはありましたが、私の中でその質問をする意義や理論的な裏付けがはっきりしたことで、より自信を持って指摘できるようになったという部分があります。

また、そうやって自分自身の「物事を考える道筋」や「行動の裏付けになる理論」が以前よりもしっかりしてきたことで、今は「どうやって人の心を動かすのか」という部分でもできることが増えてきたと感じます。「単にお願いするだけでは、きっとダメなんだろうな」という前提に立って、「じゃあ、どう相手の心を動かすのか。そして、どうやって物事を前に進めていくのか」というところの手立てが明確になってきたのです。これは今後、業務に活かしていけるだろうと思っています。

とはいえ、物事は一足飛びには進みません。私が作る研修プログラムに参加する先生たちも、さまざまなバックグラウンドを持った人たちがいますので、根気強く時間をかけて進めることも必要になるだろうと思います。京都市では、今、新しい学校の仕組み作りを進めています。私としては、今回のTIの研修で学んだことも中身に盛り込みながら、子どもたちの夢や希望を育めるような学校作りに貢献していきたいです。