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未来志向で新たな価値が見つかる場


福岡県教育研究センター
主任指導主事 丸山 博美

枠を越えた出会いと学びの場。また参加したい。

 教員になって28年、ちょうど50歳になるところでTI(ティーチャーズ・イニシアティブ)の研修に参加しました。

 教育センターからは私を含め、2名が参加しました。福岡県にも教員同士でグループを作って勉強する会はありますが、TIのように自分たちで実際に学びをつくる体験的なものはあまり聞いたことがありませんでしたので、興味深く、いただいたパンフレットに加えて、書籍になっている『この先を生む人』も買って読ませてもらい、参加することに決めました。

 私は、本来、高等学校の国語科教員です。初任校は北原白秋ゆかりの地、柳川市にある福岡県立伝習館高校です。その後、福岡県立久留米高等学校に転じた後、福岡県と佐賀県の人事交流で佐賀県立佐賀西高等学校にも勤務したことがありますが、その後は、令和2年度から、現在の福岡県教育センターに勤務しています。

 福岡県教育センターで指導主事になると聞かされたときは驚きとともに複雑な思いもありました。授業とか、クラス担任とか、長年親しんだ学校を離れるわけですから。本来、指導主事になることを目指して教員になった人はいないのではないでしょうか。その意味では、自分自身、仕事として消化できていない面もあります。ただ、教育センターで、現場の先生方に対する研修などに取り組んでいくことで、学校にいるときとは違った視点で、子どもたちや学校について見られるようになったと思います。

 学校現場では、中学校を生徒募集で訪問することはあっても、義務教育の先生方と、いろいろなことについて話すことはまずありませんでした。今はそういう機会にも恵まれていて、楽しく過ごすことができています。ここでしかできない仕事にやりがいを感じますし、ここで経験を積むことで、将来また高校に戻ったときには、こうしようとか、ああしようとか考えています

立場を超えてつながる。そこにTIのパワーを感じた。

 教育センターでは企画調査班に在籍しています。教育センターにはこのほかに教科教育班、教育経営班などの班があります。例えば、教科教育班は国語とか数学とか教科教育を中心に所管しており、教育経営班は、特別活動や組織マネジメントなどを所管しています。その点、企画調査班はちょっと違っていて、教育センターの各種所管事業の集約業務や、県内外の教育機関等とのやり取りなどの仕事をしています。また時には、学校に出向いて先生方とお会いすることもあります。

 TIのスタッフやファシリテーターには、そもそも教員でない方々がいらっしゃり、経歴も様々だと聞いていますが、皆さん、教育に情熱を持って向き合っておられ、パワーを感じました。こうした方々と、日ごろ、お知り合いになれる機会はなかなかありませんのでそこにまず興味を持ちました。私たち教員であれば、学校あるいは教員という立場でつながっています。ところがTIの皆さんは、組織や立場ではなく、やりたいこと、教育をより良くしたいという目的を果たすために、いろいろな枠を越えてつながっています。共感を覚えましたし、勇気づけられたような気がしました。

 研修のキックオフはオンラインになり、始まる前はドキドキしていました。コロナの関係もあって、職場では在宅勤務も奨励されていましたが、セキュリティ上の問題もあって、家でネットワークを好きに使えるわけでもありません。とくに私の部署は、業務上、様々な部署や機関とのやり取りがメインとなる職場ですので、あまり在宅勤務はしていませんでした。実際に集まれば、目の前の人がどうやって話しているか、内容だけでなく、仕草とか、素振りとか、接することで、いろんな情報を得られます。オンラインではそれらがわかりません。しかし、今回のTIのキックオフでは、スタッフの皆さんが丁寧に対応して下さったこともあり、落ち着いて参加することができました。オンラインだと、顔をずっと見ながら話すので、話している人に視線が集中します。おまけに自分の顔も見ながら参加できます。その点は面白かったですし、こうした手法にも良さがあることがわかりました。

 プログラムはすべて、その目的といい、導入の仕方といい、参考になりました。ラーニングセッションで、「問いと対話で学びをつくる」をテーマに、学習理論や構造的なレクチャーを聞いていたところで、いきなり、「ちょっとやってみますか」と言われて、すぐに自分が「学びの場」をつくる実践が始まりました。その場で、自分自身で作ってみて、そのうえで、それぞれの職場に戻って、またやってみる。段階を積んで体験していくことが出来て非常に良かったです。

「アリとキリギリス」から教育の在り方を問う

 研修で印象に残ったのは、文部科学省の方が次の学習指導要領を考えてみようと「アリとキリギリス」の童話を例に引いて、問われたことです。これからの教育の在り方について考える機会になりました。長期的な見通しをもって、今の楽しみをある程度犠牲にしても将来に備えるアリの生き方もあるし、今の楽しさ、興味、関心を掘りこんで、自分らしさを追求していくキリギリスの生き方もある。日本はアリを育てることに一生懸命だったけど、それだけで十分なのか。そうした「問い」を示されて、ディスカッションが始まりました。私自身はその時、うまく答えられなかったのですが、学習指導要領をつくる方からこのようなお話しを聞けたこともあり、忘れられない経験となりました。

 研修が終わってみて思うのは、出来れば、初めからもう一回、受けてみたいということです。とても一回ではすべてを吸収できていないように感じています。私はせっかちなので、研修で得たことを、すぐにアウトプットしたいと思うのですが、実際には、そこまでまだしっかりとは身についていないような気がしています。それほど盛りだくさんで、半年間にわたるものでしたが、急ぎ足で進んだように思います。許されるのなら、もう一度受講して、改めてしっかり聴いて、もっといっぱい吸収し、じっくり考えたいと思っています。

「失敗してナンボ」の安心感

 他県の指導主事同士がダイレクトにやりとりすることなど、ほとんどありません。職務上、連絡をとることはあっても、一緒に研修内容をつくってみることは考えられません。そうしたことをTIの場では出来たのです。内容的に型にはめるようなこともありませんでしたのでおかげで、参加した指導主事同士が、本音でやり取りできたと思います。

 指導主事だから「こんなことを言わなければいけない」と、構えることなく参加することができました。いつもそんなに気を張っているわけではないとしても、どうしても、指導主事たる者、こうでなければいけない、と考えてしまうところがあると思います。普段の自分の職場ではもちろん、他県の方と接する場面だったら、なおさらです。ところが、このTIの場では、最初から、「失敗してナンボだ」と、常に言い続けてもらえました。人と初めて会う場所で、ここと同じように「失敗しても大丈夫」と思えるような雰囲気で、つまり、余計なプレッシャーを感じることなく話ができたところはないのではないかと思いました。

 これは、大変貴重なことです。私の性格にも非常にマッチしていました。もともと私は、自分の目標を達成するためには、いい意味で「失敗してナンボだ」という意識で物事に臨んでいます。失敗を恐れて何も行動を起こさないとしたら、そこに前進はないと思うからです。しかし、実際の職場では、そういう意識を持つこと自体、はばかられるものです。でも、TIは違いました。そうした意識をもって物事に臨むことが本当に許されました。おかげで、最初から、自分をよく見せようなどと思わないですみましたし。安心して話すことができました。だからこそ、素直に学ぶことができたのだと思いましたし、これはとても意義のあることだと思いました。

「丸さん」と呼んでもらえた。その大切さ。

 同じ県や、同じ学校の中でも、先生同士が本音で話す機会が少なくなってきているように感じます。かつては、今よりもっと話し合っていたと思います。私の年齢的なところがあるかもしれませんが、本音を聞く機会といえば、例えば職場以外の場で・・・というところがありましたよね。でも最近では、まず、そんな時間を取れなくなっています。コロナ禍になる以前からそうです。周囲を見ていると、若い人同士でも、じっくり話している感じがしません。そういう時代になったのかもしれませんが、今でも若い人は、本当は本音で話し合う機会を求めているように思います。

 私が教員になったころは、放課後になって人がいなくなったとき、ベテランの先生が、「今日、あんなことを言っていたでしょう」といった感じで話しかけてきて、何気なく教え諭してくれることがありましたが、逆に、みんなで楽しくレクリエーションの場をもつこともできていました。学校現場がとても忙しくなっていることは確かですし、そうであるならば、意識的にそういう機会を設けることが大切になっていると思います。

 今回、TIの場で、私は皆さんから「丸さん」と呼ばれました。今の職場で、私をそう呼ぶ人はいません。以前は「丸ちゃん」と呼ばれていました。気がついたら、全然、職場でそう呼ばれることがなくなっていました。今回のTIのプログラムでは、最初に自分から、こう呼んで、と言う時間がありました。実際に「丸さん」と呼ばれるようになって、これは絶妙な試みだと思いました。立場も対等で、妙な上下関係のようなものもなく、フラットに話すということが、自然にできていったと思います。その意味からも居心地のいい場所でしたし、アットホームで、隔たりを感じない場でした。

「福岡教師塾」での取り組みに活かす

 私の職場である福岡県教育センターでは「福岡教師塾」という名称の研修を実施していますが、私は今、その担当をしています。今回のTIで研修を受けた内容と、自分がその「福岡教師塾」で行っている内容はまさに合致していると思います。

「福岡教師塾」は約十年前に、これからのリーダーに求められる力を身につけてもらうことを意図して発案された研修で、主な内容は、各界から専門的知識や技能をもつ講師を招いて「視野や視座を広げる研修」、異なる校種の受講者が熟議を通して課題解決の方策を創り出す「共創する研修」、在籍校の教育課題や経営課題の解決に向けた取り組みを考える「在籍校の課題解決に資する研修」の3つがあります。

 多くの研修は、若年者研修など、テーマがはっきり決まっているわけですが、「福岡教師塾」は、ちょっと別次元のもので、担当する私たちで、わりと柔軟に企画させてもらえています。尊ばれるのは、大局観とか、将来を見据えた感覚とかで、それも十年後とかではなくて三十年後とかをにらんで、経営者としての感覚を養うことを趣旨にしています。

 ただ「福岡教師塾」にも、自分なりに感じている課題があります。受講する先生たちの本質にまで下りていくような深い研修になっているかどうか、常に考え続けています。この点についても、TIの研修は、ひとつのモデルというか、応用というか、在り方を示してくれるものであり、ぜひとも「福岡教師塾」に取り入れさせていただきたいところが、いくつもありました。

 先ほど、TIの場では、私を「丸さん」と呼んでもらうようになったことを話しましたが、キックオフの段階で、「自分の履歴書」を書くワークがあったのにはビックリしました。「学びの出発点に立つ」「自分を知る・仲間を知る」という中で、自分自身について振り返り、教師になろうと思ったきっかけを見つめ直す中で、「私の履歴書」を書き、メンバーと共有しましたのですが、「福岡教師塾」の場で、履歴書を書くことはちょっとできないかもしれません。教員の在り方、自分自身を見つめ直すときに、こういう掘り下げ方があるのかと、この手法はとても参考になりました。

 TIで研修をした内容は、受講するたび、職場で共有させてもらってきましたが、次の「福岡教師塾」に生かしたいと思っている内容を職場で示し、趣旨や課題意識を共有した後に、この研修をやってみたらどうかという提案も考えました。なかなか簡単にはいきませんが、おかげさまで、職場では「すごく良い経験をしているね」と声をかけてもらっています。「のびのび、やっている」と思われているようです。それだけTⅠの研修の雰囲気が実際に良かったからだと思います。

未来志向で新たな価値が見つかる場

 最後に、TIという場を振り返ってみると、人を型にはめず、自分の原点も見直しつつ、グループごとに未来志向になれる研修ではないかと思います。

 「協働」という言葉を最近、よく聞きますが、それは決して、きれいごとではありません。実際には、様々に意見の違いがあるのが現実です。その現実をわかったうえで、それでもなお、一緒に一つのものを作っていきましょうという気持ちになれるかどうか。そこまで見たうえでの連帯感が「協働」ではないでしょうか。

 TIは、そんな「協働」の思いを抱くことができる研修だったと思います。

 おかげさまで、日ごろの業務のやりがいが増しましたし、さらに、もっと大きな目で自分がやっていることを見つめ直し、やる気にさせてもらえました。新たな価値が見つかるといってもいいかもしれません。だから、可能なら、もう一度また初めから受けたいと思っています。