ティーチャーズ・イニシアティブがこれまで行ってきた教員研修は主に、子どもに直接学びを届ける現場の先生に向けたものでした。しかし今回、私たちが開発した研修プログラムは、先生に研修を行ない、先生を育てていく立場にある指導主事を対象としたもので、これまでとは全く異なるプログラム開発でした。
このプログラムの日本の教育における波及力は極めて大きいという私たちの想いに三菱みらい育成財団が共感してくださり、助成を受けるチャンスを得たことで、プロジェクトは一気に加速し開発に向かうこととなりました。
開発においては、3つのことをポイントに掲げました。
1つは変化が激しい時代といわれるがいったいどんな時代なのか?そしてそんな時代を生きる子どもたちに、どんな学びを届けたいのか?指導主事のみなさんが自分の頭で考え、対話し、自分の言葉で語ってもらうということです。探究学習やアクティブラーニングの必要性はいまどこにいっても言われますが、多くの場合、社会からの要請、経済界からの要請、そして国(文部科学省)からの要請がその背景として語られます。しかし本当は、先生自身、そして先生を指導する立場にある指導主事こそが、子どもたちにどんな学びが必要で、どんな学びを届けたいのかということを自分自身で考えて、自分の言葉にしない限り、現場の先生たちに「こんな学びを一緒に届けていきましょう」と語れないし、研修を設計、提供することはできないのではないか、と考えました。ですから、子どもたちにいま本当に届けたい学びとは何か?という問いに、指導主事の皆さん自身が真摯に向き合うということを1つ目のポイントに置きました。
2つ目は、スキルや知識の獲得ではなく「教育観の拡張・更新」に取り組む、ということです。これはTIの全プログラムで意識していることでもありますが、社会構成主義的教育観を基盤に、知識伝達ではなく、人と人、人と環境などの相互作用によって「学びという現象」が起きる、という考え方を、プログラムを通して受講者の皆さんに体験してもらい、学びに対する考え方、教育に対する考え方に新しい引き出しをつくってもらう、ということです。知識やスキルを身に着けることの大切さ、そのための講義型の学習やトレーニングの価値も十分に認めつつ、子どもたちに新たな学びを届ける際に、これまでとは異なるアプローチを用意したり、模索したりできるようにしたいと考えました。
そして最後の1つは、具体的に使えるノウハウを手渡す、ということでした。具体的には指導主事の皆さんがご自身の現場で様々なテーマで研修を設計される際に、研修受講者が自ら考え、対話し、主体的に学んでいくようになるための原初的なフレームをお渡ししたいと考えました。私たちが学びの場をつくるとき、学び手に何を考えてもらうのか?どういう気持ちで問いに向き合ってもらうのかということを重要視し、そこから本質的な学びが生まれるよう設計しています。その経験知を活かして「問いと対話で学びを起こす」というコンセプトを掲げ、それを実現するためのフレームを獲得していただくためのプロセスを研修プログラムのなかに設計しました。
教育という営みに対する自身の信念や指導主事という自らの仕事の価値に対して向き合い、自身のコアを確認したうえで、上記3つのポイントを大切にしながら学びを進めていっていただくよう設計したのが今回のプログラムです。
<キックオフ合宿>
この合宿においては、受講者が学び手となって主体的、対話的学びを体験する、ということを大切にします。プログラムを通して受講者として学びを体験する中で、自分の主体性の高まりや、答えがない問いに向き合い学ぶ楽しさ、その瞬間のファシリテーターの在り方などを学び手として体験することで、実は自ら生徒として体験したことがほとんどなかった「主体的、対話的学び」に対して理解が一気に深まります。そして、そのプログラムはどのような意図で設計されていたのか、またそのときにファシリテーターである我々がどんなことをしていたのか合宿終了後に振り返ることで、後から続く「問いと対話でつくる学び」を研修設計者として設計する際に大きく活きてきます。
また受講者全員でラーニングコミュニティを生成していくために、お互いがお互いを深く知るプロセスも重視します。互いの存在価値をしっかりと認識し合う時間を設けることで、仲間意識が高まり、ファシリテーターだけではなく受講者同士が相互に「安心安全の場」を作り出していくようになります。交流が活発になり、活動は面白さを増し、その結果、学びが深まっていきます。
またあえて合宿という形式をとっているのは異空間性を大事にしたいからです。意識の拡張や教育観の更新といった垂直的成長(*1)においては、余白や余裕も大切です。物理的にも日常から離れて学びの場、時間に没入してもらい、寝食を共にして仲間を知り、自分を見つめ、社会や教育についてゆったりと真摯に向き合う時間を作ることが重要だと考えています。そしてこの先の未来を仲間と主体的に描くワークを通して、「自分が届けたい学びとは何か?」という問いに向き合っていきます。
*新型コロナウイルス流行のため、2021年度の合宿はオンラインにて実施しました
*1)ハーバード大学教育学大学院教授で組織心理学者のロバート・キーガン氏らがけん引する「成人発達理論」の分野の考え方。垂直的成長とは、人間としての器の拡大、認識の枠組みの変化などを指します。対して、水平的成長とは知識の量的拡大、スキルの質向上のことを指します。
<ラーニングデザインセッション>
先生に向けた研修を行うということが指導主事の皆さんにとって大きな仕事であるため、ラーニングデザインセッションは研修の設計を学んでいく重要な役割を果たします。実はそのプロセスは合宿の最終日から始まっています。まずガート・ビースタが『よい教育とは何か』の中で主張している「主体化」「有能化」「社会化」という3つの教育の機能を題材に対話をしていきます。自分の考えや仲間の意見を聞くなかで「教育の機能とは何か?」「自分は教育において何を大切にしているのか?」と思考を深めます。
こうしたプロセスは、自身の教育観を省みたり、教育実践について考えていったりすると同時に、「問いと対話による学び(気づきや発見、自身の意識や視野の拡張)」を学び手として実感する、という狙いもあります。
このプロセスを経て、「ではこうした学びをどうやって作っていきましょうか?」「問いと対話で学びをデザインしてみましょう」と呼びかけ、ラーニングデザインセッションに移行していきます。
答えのない問いに向き合うことは学びを起こすための非常に重要な仕掛けです。「この問い面白いな」とか「思わず考えたくなる問いだな」というように、問い自体によって学び手をモチベートすること。そして考えるのに必要な知識拡張に前向きに向かえること、この2つを実現するためにはどのような問いがよいのか、ということを共に考えていきました。このプロセスで研修の設計についてのノウハウや学習理論を体験的に学び、いよいよ受講者がグループで研修を作り上げるラボ活動、ラボ発表会に挑みます。
<オンラインセミナー>
オンラインセミナーでは、「学校教育のいま」を多面的にみていくために各領域の専門家の方からお話を聞きます。2021年度の第1期は、脳科学やAI、学習指導要領と圧倒的に幅の広いテーマに触れてもらいました。「いま、学校の先生は何を学ぶべきなのか?」ということを受講者同士で考え、対話しながら学びを深めていきます。さらに、これまであまり受けたことのない多様な刺激や教育改革の第一線を走る知性に触れたことによって、受講者の学び観の更新をさらに大きしてくれたなと感じました。登壇してくださった3人の講師が私たちの大事にしていることを様々な異なる角度から話してくれたことで、学びの側方支援をしてくれました。
<ラボ活動〜ラボ発表会>
指導主事のみなさんが、それぞれ4人1組のチームで考えてきた2時間半の研修プログラムを相互に実践し合う場がラボ発表会です。ここまでのプログラムで得た新たな学びを踏まえて地域を超えてオンラインでつながり、新たな研修プログラムの開発に取り組みます。TIの研修の一つの特徴は、学びの課程の中に、失敗が許容される挑戦の場があることです。先生ももちろんそうですが、先生への研修を行う指導主事のみなさんも、「とりあえずやってみよう」、「失敗してもいいからまずはアクション!」とはいきづらいのが仕事の一つの特徴だったりします。しかしながら、新しい取り組みに失敗はつきもので、むしろ「大胆に試してみる」という姿勢こそが新たな学びの定着と、実践の進化につながります。また、自分以外の受講者の実践を学び手として体験してみたり、やってみたあとで互いの実践に言葉を掛け合ったり、問いを投げかけて共に考えたりすることが、実は何よりも学びを深めていきます。
第1期においては、ここまでずっとオンライン、ラボ発表会がはじめてのリアル開催だったこともあり、相互実践、そしてその後のリフレクションは非常に盛り上がり、設計してみたからこそわかること、実践に取り組んでみたから得られた成功体験、問い、疑問を扱いながら、さらに一段深い学びに繋がっていきました。
<実践発表会>
最後は、個人個人が研修プログラムを組み立てて、自らの現場で実践してもらいます。それをレポートにまとめ、受講者全員が発表するのが実践発表会です。
年末に向かう多忙な日々の中で、新たに研修を設計し実践するのはなかなか大変です。しかし第1期においては業務として行う研修とは別に設定したり、同僚、現場の先生に声をかけて場をつくって実践したりと、意欲高く取り組む人が多く見られました。
実践発表会は5ヶ月にわたる指導主事の皆さんの学びの集大成であり、未来へと向かう起点でもあります。第1期においても皆さんが本当に多様で豊かな実践に取り組まれており、次年度からの新しい研修や、すでに行っている研修のアップデートに直接活かせるような内容ばかりでした。実践内容に対する互いの問いかけ、対話からも新たな気付きや学びが起こり、まさに新たな学びが全国の先生に届く起点となる場になったと思います。
第1期のプログラム
実践を終えて
ティーチャーズ・イニシアティブ
開発担当 福島創太
今回の研修プログラムの開発は、先生を指導する立場にある指導主事の皆さんに向けた全く新しいもので、私たちがもっているスキルやノウハウを大きくアップデートしなければならない大きなチャレンジでした。しかし受講者の皆さんの積極的な取り組みや豊かな学びによって、大きな成果を生み出すことができたと思っています。
指導主事というお仕事柄から現場の先生に対する研修や指導に日常的に従事される中で、今回のプログラムにおける新たな学びやTipsを逐次現場の実践に活かし、Try &Error、Error & Learnをくり返していただいた姿は、過去様々な研修を、TIで行ってきた中でも特徴的な姿だったと思います。
そうした積極的な姿勢、取り組んでみて学びを深める姿勢は、ラボ発表会から、個人ごとに取り組む最終実践への進化にも大きく表れていました。
ワークショップでは学びを生み出すための様々な工夫や設計の豊かさを感じた一方で、2時間半全体のデザインとしては蛇行してるように感じる部分もありました。
学びという現象は安心安全の中で情動が動いたときに発生すると私は考えています。そうすると、2時間半の研修の設計は、独立したショートの面白い研修の組み合わせというよりも、2時間半なら2時間半の学びのストーリーが存在し、感情の動きを踏まえたデザインがなされていることが大切になります。そうしたストーリーをグループの協働によって紡ぐためには、つっこんだ話やぶつかりあいも大切になってきますが、それまでリアルには会ったことのない4人が話し合って一つのものをつくりあげることの難しさがあらわれていたように感じました。
しかしながら最終実践として発表されたそれぞれの方の研修はむしろ問いの質の高さや、問いの連なりとしてのストーリーの心地よさこそが秀逸な実践ばかりでした。「こんな問い方があるんだ!」と思ったり、問いのデザインがとてもイノベーティブで感動さえ覚えました。
指導主事の皆さんのそうした学ぶ姿勢に大きな気付きや発見を我々がいただきながら、プログラムを進めることができました。ふりかえると、この研修でもっとも学んだのは私だったと思います(笑)研修の前の段階でいろんなことを考え、絶対無理だなと思ったこともありましたが、学び続けることによって実現できたなと思いましたし、学び続けるみなさんと共に取り組めたことで形になりました。変化の激しいいまの時代において、「学び続ける人だけが学びを届けられる」ということを改めて再認識した研修でした。
今、受講した指導主事の皆さんはそれぞれの現場に戻られましたが、彼らの行う研修を見にいきたいと思いますし、彼らの研修を受けた先生にどんな学びや変容が起きていくのか、とてもワクワクします。これから指導主事の皆さんが地域を超えて深く繋がり、また我々と指導主事もつながり、今後も学びを深めたり地域や立場を越えて協働していけることをとても楽しみに思っていますし、この取り組み、このつながりが日本の教育に大きなインパクトを起こすことを確信しています。