参加者の声

中楯先生
公立小学校勤務

校内研究を教員研修にした・中楯浩太先生

教科教育に打ち込み、一定以上の評価を受けながら、TIに1期から参加し、メンタルモデルのアップデートと「対話」の重要性を体感した経験をもつ中楯浩太先生。学校での実践で、非認知能力の課題を校内研究のテーマに掲げ、教員研修と併せて行った中楯先生が、その軌跡の一端を披露してくれました。

  新しいかたちの校内研究を、今年1年間やってきました。非認知能力を育むために、一人一人の教師が探求したいことを生かしながら、自分ごととして学べる研究です。今までやってきた国語、算数、理科、社会といった教科教育ではないので、誰も答えを持っていませんし、見通しも成果も目に見えにくい。だから、あえて、ゴールや仮説をはっきり設定しませんでした。子どもの姿から見えてきたことをみんなで対話し、紡ぎあって、そこから見えてきたものを目指すものとしようという校内研究であり、教員研修でもあり、言わば教員自身の探究学習でもありました。

 最初は、みんなで話し合う、思いを語り合うところから。通常の教員研修だと、先生たちはどうしても「子どもたちの課題」を言いたがるんですけど、それはやめようということにしました。課題なんて上げたらきりがないし、「子どもたちの課題」って、裏を返せば、全部教師の課題、教師の問題だから、それを子どものせいにするような言い方はやめましょうと。その上で、ぼくたちは何を願っているのか。目の前の子たちに、こうあってほしいなって、こうだったら素敵だね、なんて言い合いながら、TIで学んできたいろんな手法を使って――というよりも、とにかくみんなで対話をしながら――大事なことを見いだすようにしました。そもそも自分はどんな先生になりたいかというところから入って、それぞれの先生が持つ教師観のようなコアな部分を語り合う中で、だんだん打ち解けていきました。そうしてみんなで導き出したのが、「自信・共感・自律」でした。そこで、それを学校の重点目標としたのです。

 そこからは、非常にすっきり進みました。学校の目標としてみんなで決めたから、みんなでそれを目指す、校内探究にしようということで、校内研究のテーマにもしました。よく研究授業というと、先進的な手法を用いたり、新しい教材を開発したりといったことになると思います、それだと結局は、目に見える知識や技能についてのことに終始してしまう。ぼくたちの目指したい「自信・共感・自律」はそうではない。その実態がどういうもので、どうすればそれが育まれるのか誰も答えを持っていないし、子どもの具体的な姿をもとにみんなで対話しなければ見えてこない。対話が重要になってきます。
 それまでの校内研究のテーマは、社会科でした。ぼくもずっと社会科に取り組んできましたし、社会科のスペシャリストが集まった学校でもありました。研究授業を学年単位で月に1本ずつやるような。校内研究といえば、それが一般的です。しかしそれでは、専科の図工や家庭科の先生は入れません。すると、自分のものにならなくなってしまう。
それに、研究授業は事前に授業者を決めます。たいていは若手がやらされるか中堅が見せるかですが、学年3人で組んでいるとすると、誰か1人が授業して、あとはサポート……なんて、きれいごとでは言うけれども、しょせん、他人事になってしまう。たとえ自分が授業者だとしても、それが終わってしまえば、もうほとんど何もしない。
大々的な研究授業以上に、自分ごとの日々の授業をこそ何とかしたいという思いから、1年間通してできる研究にしました。それも、「自信・共感・自律」を育むという目標であれば、ありとあらゆる場面でできる。アプローチの方法も様々にあるから、自分たちがとにかくやりたいことを大事にして、何をやってみたいかというところからスタートして、仲間を募り、教科に関係ない5つくらいのチームができました。

教科で自己実現しようというチームもあれば、プロジェクトアドベンチャー(PA)、Q-Uを活用した児童理解、学校行事、リフレクションを取り入れたチームもありました。先生がまずリフレクションのやり方を学んで、日々の授業や子どもとの関わりをリフレクションし、それを子どもたち自身にもできるようにするチームです。その他にも、何をやるかよりも結局は「子どもの見方」をどう育むかこそが教師力でしょうと言って「見方」の研究をしたチームもありました。
年間計7、8回くらいの分科会で互いの進捗状況や取り組みの様子を情報交換し合いました。研究授業は、何と適当なことにくじ引きに。それまでの対話の積み重ねもあって、この先生たちの雰囲気だったら、いつ、どのタイミングでどう決めたって、きっとみんなが名乗り出るだろうと思ったので、あえて、授業者を決めませんでした。予想通り、手を挙げる人がいっぱいいたので、授業者はくじ引きにしたのです。

その後の協議会がまた非常に印象的でした。「自信・共感・自律」といった非認知能力なんて、みんなよくわからない。たんに「分かる、できる、面白い」という授業を実現すればよいわけではないし、それを認めて、褒めればよいわけでもなく、ベテランでも踏み込んだことのない世界です。
すると結局、ぼくが最初TIに参加したときと同じですが、過去に実績があるような人ほど、それまで学んで身につけてきた専門性や知識、経験を、語るだけになってしまう。つまり、過去の鎧が邪魔をするんです。でも、それは仕方のないことです。経験のある人ほど、過去にこだわり新しいことへの挑戦や気付きが難しくなるものですから。
それでも、やってみたからこそ、今、気付くことが何かありませんか、と尋ねたら、重い腰を上げて、実は、と言って話しだしてくれたのです。ベテランの先生が。
正直、私はこれまでの学校でもずっと校内研って聞くと、重い気持ちになったりもしていた、この研究も本気になれなかったと。リフレクションなんてよく分からないし、今まで通り、普通に分かる授業、楽しい授業、意欲的な授業を目指すことで自信が育つだろうと思っていた。それに、自信とは自分の意見を述べることができる、手を挙げて主張できることだと思っていたのだけど……と言いながら、それまで書くときに見られると恥ずかしいからノートを隠して書いていたような子がだんだん手をどけるようになってきて、「先生、聞いて」と言ってくる子も出るようになった、そういう姿が見られるようになってきた、なんて話をぽつぽつとしてくれました。そのうち、ご自分の過去の体験も語りだしてくれて……。
それを聞きながら、ぼくは思わず、「ほんと、いいですね」と言いました。正直言えば、ぼくもリフレクションなんてわかってきたのは、この数年です。最初は価値も全然わからず、本気になれませんでした。でも、先生は本音でそれを話してくれた。しかも、子どもの具体的な姿からその気付きを語ってくれたこと自体がとても素敵です、と返しました。するとその先生は涙ながらに、自分はあまり本気になれなかったから、ダメだと思っていたけど、それでもいいって言ってもらえたのがすごく嬉しいと。それまで一線引いていたような姿勢の方だったのが、そこまでご自分を出してくれるようになりました。その後、この先輩は、積極的に対話に参加してくれるようになりました。
結局この研究の成果は、メソッドとして指導技術やスタンダードにしまうのではなく、教職員が大切にしたい学校の環境づくりに繋げていこうというところに行き着きました。つまり、自信と共感と自律が育まれる、そういう環境をつくっていこうと。そこまで発展的な研究になりました。それはぼくたちの間に、常に「対話」があったからこそではないかと思っています。

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