「コロナ禍は学校の在り方を考える上で最高のチャンス」そう語るのは、1970年から教鞭をとり、2006年4月から大空小学校の初代校長を務めた木村泰子先生。「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことに取り組み、その様子を描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』が話題に。ティーチャーズ・イニシアティブのアドバイザーでもあり、過去2年間は「ラボ長」として先生たちの学びにコミットして来た木村先生に対し、6名の教員が現場の悩みや課題をなげかけた。
「はっきり言って申し訳ないけど、最悪な学校のパターンやね。」ドキッとするような木村節も炸裂する中、コロナ禍で一番不安を感じている子ども達に必要な信頼構築をどのように行うか、今必要なことは何か、重要な問いに答えるための多くのヒントが得られる勉強会となった。今回は本イベントのレポートを前編と後編の2回に分けてお届けする。(本イベントは全国的な学校再開前の2020年5月23日に行われたものです)
質問者1:私立中学校勤務 田中先生
休校や三密を避けるため、学校再開後も行事が削られたり、学校内外の人との交流を避けたりする傾向が出てきています。やむをえないと思う一方で、何か大切なものを得たり、経験する機会を失ってしまうような気がしています。また生徒も残念がっているようにみえて、これでいいのかと不安を感じています。まず何を大切にして、生徒とこの現実と向き合うのがいいのか、木村先生のお考えを伺いたいです。
木村先生)
学びの主語はいつだって「子ども」であるはずが、多くの学校現場において問題の主語が「先生」になっているのは最悪だと思うんです。例えば、運動会をやるべき、やらないべきという議論。運動会なんて楽しいことをやっていたら高校、大学受験が間に合わない、授業が遅れているから知識を注入する、という大昔の社会に戻る悪しき学校現場に戻る議論も実際に行われていますから。子どもを主体に考えると、運動会の開催をただ議論するのではなく、運動会で得ていた、10年後の社会に必要なものは何かに言及し、運動会に変わる新たな学びをつくらないといけないという議論に至るのではないでしょうか。
田中先生)
学校として決められていることに従う必要がある中で、子ども達と対話しながら、それに変わるような変化を一緒に模索するということでしょうか。
木村先生)
決まったことは変えられないという発想は捨てた方がいい、「みんながいうことは大事だと思う、でも決まってるからどうしようもない」と先生に言われる子どもはどのような気持ちになりますか。その子はどんな大人になりますか。
学校として決まってることは沢山あるかもしれない、だけどそれが未来の話であれば、未来は創っていけるものですよね。「できるかできないか分からないけど、一緒にアクションを起こそうか。」 という声掛けをし、関わることはできるのではないかな。
コロナ禍の教育現場で、これだけ子どもの意思が反映されず、大人が考えた決め事で大事な2か月の学びを、しかたがないとしても奪われているんです。そんな子ども達に対して、未来にどんな学びを創るのかというのは、大学受験、偏差値を上げるという横並び政策を進めることではないと思います。子どもがより豊かな学びを自ら作っていってほしいと願っています。
質問者2:公立小学校勤務勤務 茂木先生
オンライン授業の普及にともない、双方向型授業のよさ、光の部分が取りざたされています。一方、子どもたちから自らアクセスしなければ、授業を受けないという影の部分もあると思います。不登校児童(アクセスしない)が増える、オンライン時代の不登校について先生はどのように考えますか。
木村先生)
オンライン授業の是非を語るのではなく、オンラインというのは一つの手法であるという観点を見逃してはいけないと思っています。オンラインは何のために使うか、先生が評価、進路を薦めるための伝達手段として考えている間は、不登校は山ほどでます。姿を見せても画面にいるだけで、何もいわない子どもも出るでしょう。大切なのはオンラインの使い方。目の前の子供たちが何を考えているかが大切です。先生が授業をすすめるためではなく、子どもが今何を考えているのか。オンラインでどんな授業をすべきかを問い直すところから影の部分を消すことは始まるのではないかなと思います。目的を共有するのをわすれたら影になってしまいますから、子どもに教えてもらいながらどんどんやりなおせばよいのです。
質問者3:私立中・高勤務 田村先生
クラスの生徒たち全員が登校できるようになることを願っています。学校はいつから再開すればよいと思いますか。
木村先生)
それは難しいなぁ、こればかりは神でも仏でもわからないですね。登校させようという流れになっていますが、子どもの家庭環境は違うので、ご高齢者と暮らしている家庭や病人の方がいる家庭の家族にとっては、感染に対する考えも異なると思います。ワクチンができるまではこの不安はつきまといます。いつから再開するかなんてことはだれにもいえない状態ですが、目の前に子どもがいて三密をさける、難しい状況だからこそ、新たな学びが得られると楽しむことが大切です。学校再開後のフォロー、子どもから今日一日どうだったか、確認して小さい声を拾うことをくりかえすしかないかなと思っています。
田村先生)
集団生活で小さな声をひろうのは難しいのではないか、どうしたら聞き逃さないのか。
木村先生)
大空小学校がやっていたことは、子どもが帰る前に毎日自分の考えを書きなぐってもらいました。いじめの傾向、家でつらい思いをしているという情報もそこから得ていました。作文など先生向けの内容でなく、本音をいってもらうために書いてもらうんです。
子どもが素直に本音をぶつけてきてくれたとして、先生に対する不満も出てきます。私だって、「校長のアホ!」と書かれたことがありましたよ(笑)。ただその時に、「ごめんな、どこ変えたらよいか教えて」と寄り添って、謝れる先生がいるかどうか、これが大切です。子どもを抑え込んだり反論するのではなく、子どもも一人の人として本音を書き綴る、これを書いてもこの先生に告げ口されないという信頼をもっていたら書いてくれるんです。子どもは、大人との関係性の中で「弱者」にならざるをえない時がある。子どもが関係性の中で弱者にならずに済む方法は、人と人としての対等な関係をどうつくるかです。大人の側の覚悟と大人が変わること以外に、この関係性はつくれないのです。
【スピーカープロフィール】
木村泰子先生
大阪府生まれ。武庫川学院女子短期大学(現武庫川女子大学短期大学部)卒業。大阪市立大空小学校初代校長として、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことに情熱を注ぐ。その取り組みを描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』は話題を呼び、劇場公開後も各地で自主上映会が開催されている。2015年に四十五年の教職歴をもって退職。現在は、全国から講演会、セミナー等に呼ばれ、精力的に各地を飛び回っている。東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター協力研究員