【新コラムスタート】先生のためのシステム思考入門 


第1回 システム思考って何だろう

システム思考という言葉を聞いたことがありますか? ものごとの個別の要素だけでなく、相互のつながりに着目する「木を見て森も見る」考え方です。このコラムでは、これから10回にわたって、このシステム思考とそのツールについて解説します。

システムって何でしょう?

まず、みなさんは、システムという言葉を聞いて、どんなものをイメージするでしょうか? コンピュータやスマホ、学校教育や人事制度といったものかもしれません。私たちの普段のやりとりで使われるシステムという言葉の意味は、ほとんどがICTか、ルールや制度のことを指しています。

しかし、『学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する』の著者で、システム思考を広く一般に知らせたマサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・センゲは、「この2つのイメージを、まずは忘れてください」と話します。そして、システムを考えるときには、家族をイメージするとよいと話します。

システムの技術的な定義は、「何かを達成するように一貫性をもって組織されている、相互につながっている一連の構成要素」です。つまり、要素と要素が、お互いにつながり合っていて、何かが変わったり動いたりすると、ほかも変わったり動いたりする。そんな機能を持ち、つながり合った総体のことをシステムとして捉えてください。

ここで家族をイメージしてみます。家族は、それぞれが自律的に行動していて、同時にお互いがお互いに影響を与え合っています。小さな子どもと両親のいる家族をイメージしてみれば、子どもの行動や声のトーン、表情のひとつをとっても、すべてが母親の思考や行動に影響を与えます。また母親の行動やしぐさのほんの小さな違いが、父親の気持ちや思考、さまざまな行動に影響を与えています。家族をコントロールしている人はいません。そして、たった3人の要素が相互に影響を与え合うことで、毎日、驚くような出来事ばかりが起こります。

システムという言葉を、家族のようにお互いに影響を与え合うつながりのことだと考えれば、教室や学校もシステムだと思いませんか? 制度やルール、インフラのような「システム」をつくって、何かを思い通りにコントロールする」考え方ではありません。家族や人間関係のように、ダイナミックで複雑で、コントロールできない、私たちをいつも取り巻いている相互のつながりを、より良く理解していくためのヒントを紹介していきます。

どうしてシステムを考えるのか?

システムを理解できないことで起きる不都合を、簡単なお話を通じて考えてみましょう。「ボルネオ島のネコ」というお話を聞いたことがあるでしょうか?1950年代に起きた実際のできごとが元になっている寓話です。

参照: Systems thinking: a cautionary tale (cats in Borneo)

東南アジアのボルネオ島では、当時蚊を媒介とした伝染病のマラリアが大流行。住民はWHO(世界保健機関)に助けを求めました。そこで、WHOはDDTと呼ばれる殺虫剤を散布して蚊を退治します。

マラリア被害は落ち着いたかに見えましたが、しばらくして住民から民家の屋根が穴だらけになったと苦情が届くようになります。DDTが駆逐したのは、蚊だけではありませんでした。同じ島に生息し、イモムシに寄生するカリバチという蜂も死んでしまいました。天敵のいなくなったイモムシは大量に増えます。そのイモムシの住処は、熱帯気候の家、茅葺きの屋根の中でした。繁殖したイモムシが屋根を食べてしまったことで、住民は屋根修理に悩まされることになったのです。

被害はこれだけで留まりません。DDTによって死んだ蚊を、ヤモリが食べました。DDTに対して高い耐性を持っていたヤモリは、その化学物質を体内に蓄えていきます。このヤモリを食べて命を落としたのが、ボルネオ島のネコたちでした。天敵のネコが減ったことで、ネズミが大発生。住民の食料が荒らされ、そして、今度はネズミを媒介とする伝染病が流行します。

住民はまたしてもWHOに助けを求めます。WHOは、 最終的にイギリス空軍に協力を要請し、14,000匹のネコにパラシュートを付けて、飛行機からボルネオ島に投下したのです。

みなさんはこのお話を聞いて、どう感じたでしょうか? 自分たちが蒔いた種の後始末するために、軍用機からネコを投下するなんて、なんだかおかしいと思いませんか? しかも、WHOのような国際機関で、優秀なサイエンティストたちが対策を考えたにもかかわらず、どうしてこんなことになってしまったのでしょう?

実は、ボルネオ島のネコのお話を笑えないくらい、私たちの身の回りには、良かれと思っておこなった行動が、巡りめぐって意図しない結果を引き起こす事例がたくさんあります。たとえば、みなさんの生活、学校や職場でこんな経験はないでしょうか?

・来客時間までに散らかった部屋をどうにかしようと、床に落ちているものをとりあえず箱にしまってクローゼットに押し込む。そのときは部屋は片付いたように見えるけれど、押し込んだ箱の中身が見えないせいで探し物の時間が増えてしまい、かえって部屋を片付ける時間がなくなってしまう。

 

・生徒のテストの平均点が低いとき、外部業者の教材を使って対策をおこなうと、比較的短期で点数を上げられる。しかし、気付くと教材の比較や研究に自分の時間やエネルギーを取られて、生徒一人ひとりの学習習慣を身に付けるサポートや、生徒に合わせた授業をつくる時間がなくなっている(しかも、それに慣れてきている自分がいる)。

・カリスマ的な校長の指示のもとで学校改革が進み、教員の働き方改革や生徒の自主性を尊重する学校運営が進められてきた。しかし校長の転任後、残された教員たちは自分たちで意思決定をすることが難しくなっており、以前の学校のようすを知る生徒や保護者からの風当たりが強くなっている。優秀な生徒は転校を検討しているという噂もある。

 

これらはすべて、短期的な解決策が、長期的に意図せぬ結果につながっている事例です。大切なポイントは、誰も悪意を持って長期的な問題をつくり出しているわけではないことです。自分自身を振り返ってみれば、一見すると近視眼的に思われる行動の背景には、とても正当な想いや、どうにもならない環境条件が存在しているのがほとんどだと思いませんか?

そんなときに、特定の個人や組織、個別の原因を責めるのではなく、目の前のできごとの背景にあるシステムを考えていくのが、システム思考です。「自責や他責を超えて、できごとを引き起こしているシステムを洞察する」ことがカギとなります。この考え方は、次のような課題に取り組むときに、特に必要となります。

・個別最適のアプローチを寄せ集めても、全体最適につながらない

・短期的な対策と長期的な解決策が相反するため、両方のアプローチが必要である

・原因に対する結果が、時間的、空間的に離れて起きるため、直感的に捉え難い

私たちは、通常このような課題が得意ではありません。私たちがより慣れ親しんでいるのは、「森を木に分けて個別に見る」考え方、つまり大きな問題を小さく分けて、あとでつなぎ合わそうとする考え方です。しかし、小さく分けた部分同士が影響し合って意図しない結果を生み出す場合、このアプローチは効果的でないことがしばしばです。

それでは、どうすれば、こうしたつながりに気付く力を高めて、私たちを取り巻く複雑な課題にもっと効果的に取り組んでいくことができるでしょうか? この連載では、システム思考のツールやモデル、システム思考者としての習慣を身に付けていく方法を紹介していきたいと思います。

これから、どうぞよろしくお願いいたします。

参考図書

  • 『世界はシステムで動く -今起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ(英治出版)
  • 『学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する』ピーター・センゲ他(英治出版)
  • 『地球のなおし方ーー限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵』ドネラ・メドウズ、デニス・メドウズ、枝廣淳子(ダイヤモンド社)

著者プロフィール : 福谷 彰鴻(ふくたにあきひろ)

システム思考教育家。クマヒラセキュリティ財団、都内中学・高校、国立大等でプログラムアドバイザーを務める。米国経営学修士(MBA)取得後、ボストンで『学習する学校』著者ピーター・センゲ博士のワークショップ運営をサポート。帰国後は国内教育分野でのシステム思考の普及に向け、教員向けワークショップや児童・生徒向けレッスンをおこなっている。21世紀ティーチャーズ・プログラム4期参加。

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Jun 3, 2020 | category : コラム(システム思考)


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