準備は3日間!オンライン学習の環境を整えた校長と現場教員のリーダーシップ

― 福岡市立福岡西陵高等学校(以下:西陵高校)の職員室では、あちこちでパソコンによるハウリング音が鳴りはじめた。教員たちがZoomの接続練習を一斉に開始したことによるものだ ―

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発表された直後から、同校ではICT化へのアクセルを踏み込み、和田美千代校長は着任からたった3日間でオンライン学習環境を整えた。この取り組みはテレビで全国放送されるなど注目されることとなったが、なぜ西陵高校は早期に教育現場のICT化を実現できたのだろうか。ICT CONNECT21とティーチャーズイニシアティブが共催したイベント「公立校まるごとICT化」(司会:TI代表理事宮地勘司)より、和田校長と吉本先生の講演の模様を掲載する。

校長着任2日目にしてオンライン学習宣言

 「緊急事態宣言が出た時に『これは大チャンスだ!』と思いました。2015年にZoomを使ったオンライン講座に初めて参加したときに、本当に驚きました。時間も空間も超えて学べる。これほど便利なものがあるのかと感激し、絶対に広がっていくとずっと思っていたのです。」オンラインの便利さに無限の可能性を感じつつも、学校のICT化はなかなか進まない・・・そう思いながらオンラインで学びつづけていたという和田校長。

 そんな和田校長が西陵高校に着任したのは2020年4月の緊急事態宣言の真っ只中。まだまだICT活用のペースが遅かった前任校からすれば西陵高校は「ネット桃源郷のような環境だった」という。2018年ごろから教員同士でiPadの活用研修も行われており、教室にはすでにWi-Fi環境およびプロジェクターも完備されていた。この環境を好機とみた校長は着任2日目、2度目の休校延長が発表された4月2日にオンライン学習を始めることを校内に宣言した。翌日から職員室で議論の場をつくり、翌週にはオンライン授業の時間割提案、市教委での授業デモまでを一気呵成に実現したのだ。

成功の秘訣は目的を共有し現場に任せること

 現場教員のICT基礎力の高さもあり、4月中にはオンラインでの教科学習、探究学習、学年集会、二者面談、グループ学習、保護者会、進路説明会などが次々とオンラインで実現されていった。

 短期間で現場が動きやすくするために和田校長が行ったことは大きく二つあったという。一つ目はオンライン学習の目的「休校中の学力保証、生徒のメンタルヘルスを守る」を共有したこと、そして二つ目が現場教員への全権移譲だ。

「『我が校の生徒が、福岡に住んでいることが理由で学習が遅れ、全国区の大学受験で不利になることは私は我慢できない』と率直な気持ちを伝えました。なぜICT化するのかという目的がはっきりと共有され、職員が納得してくれたように思います。けれども、私は校長に着任したばかり。学校のことは現場の皆さんの方がよく知っている。生徒のために一番良いと思うことを各学年・分掌が考えてやってください、各学年・分掌の長に全権を委任すると宣言して現場に任せました。任せられたら人は張り切りますよね。でも任せることは丸投げではない。細かく見守りつつ、困っている人がいれば手助けする。校長自身が誰よりも勉強をして、現場をサポートすることを心がけていました。新しいことをやるんだから失敗するのは当たり前です。失敗してもいいんです。

 人はまかされれば、信頼を感じ、評価されていると思い、当事者意識がめばえ、主体的に動く。和田校長は後述するアクティブ・ラーニングの手法「任せる・手放す」を緊急事態においても意識的に実践し、現場をマネジメントしていたようだ。

天と地と人が揃った、他校をも巻き込む現場教員のリーダーシップ

天の時:コロナ禍によるオンライン学習環境構築が急務となった
地の利:2018年から福岡市のICT環境整備が開始、学校の環境整備が整いはじめていた
人の和:ICTに詳しい教員がおりリーダーシップを持ってオンライン化を進めてくれた

この3つが整ったことが、ICT推進のポイントだったと話す和田校長。「人の和」を担ってきたのが、2018年から現場でICT化を推進してきた吉本先生だ。ICT活用を始めた最初の頃は「慎重派」の先生から心配されることもあった。しかし、「慎重派」がいるからこそ、学校には秩序と安定がもたらされるのだと吉本先生は肯定的に話す。

「休業要請の前から年間10回ほど自主的にiPadを活用した勉強会をひらいていました。keynoteというプレゼンテーションソフトで似顔絵を描く、pagesというページレイアウトソフトでデジタルブックをつくるなどICT活用に慣れるために必要なノウハウ提供や、ワークショップの実施です。」

 勉強会には教員だけでなく生徒も集まり、「放課後プチ留学」と題してZoomで生徒の自宅から海外学生と話す機会をつくり、一斉休校に入った3月にも希望生徒を対象にオンラインでの補習や課題回収するなど学びの場を提供していた。

 2020年からの校内研修では、先生たちにむけたオンラインツールの基本的な操作説明に加えて、Apple Teacher Program(Apple製品を授業で活用するための認定制度)を紹介し、先生同士で学び合える研修会をたちあげた。学び合いの環境では、先生たちが新しいことを習得する楽しさに目覚め、自らの成長を喜ぶ様子がみられるようになった。夏休みを利用して多くの先生がApple Teacher資格を取得し、10人の若手教員が立候補して研修会が運用されるまでになっている。吉本先生は後進に校内研修をまかせ、地元福岡の学校をつないでの勉強会やイベントで学外とのネットワークをつくり、研修のクオリティアップに力を注いでいる。

立ちはだかる壁を越えるための思考と「生きる力」

 ICT化を進めていると必ず現場から出てくるのが、家庭にインターネット環境がない生徒への配慮や心配の声。吉本先生は「そんな生徒が本当に何人いるか調べることなく、心配だけする方が多い。インターネット環境がない生徒がいることが分かったら工夫や対処をすればよいのです。」と諭す。実際に西陵高校でそのような家庭を調べると、個別対処ができる範囲の件数であることもわかり、具体的な数がわかったことで市教委の協力も得られたという。できない理由を探そうと思えばいくらでもあるが、生徒の家庭環境に責任転嫁せず、できることを探していくことが重要と強調した。

 そして、和田校長が他校の先生からよく相談されたのが、「Zoom をやろうと提案しても許可がおりない」という悩みだ。「管理職が動かないと不満を持つくらいなら、管理職になることをおすすめします。それに、管理職に許可をとる時点で間違っていると伝えています。Zoomの概念のない人に説明して、やろうといっても難しい。ゲリラ的にまずやってみて、いいものなら広がっていくんです」西陵高校では自主的にICT化を進めていき、教育委員会で実際にオンライン学習のデモンストレーションをやってみせた結果、委員会も後押ししてくれることになったのだという。

 「私たち教員は新しい世代を育てるのが仕事です。その私たちが旧世代の価値観を押付けるとしたら、それは恐ろしいことです。今までやってきたことは間違いではないですが、アップデートは必要です」。

 今問われているのは教員の”生きる力”。平成8年に文部科学省の中央教育審議会が提言した「生きる力」とは、いかに社会が変化しようとも自分で課題を見つけ、自ら学び、主体的に判断し、行動して問題解決する力。今はまさに教員に”生きる力”が求められている。そのために一歩を踏み出す勇気を持とうと和田校長は呼び掛けた。

若者が時代をつくる:30代のころの取り組みをふりかえって

 時はさかのぼり1994年、城南高校で現場教員として働いていた和田先生たちが始めたある取り組みが注目された。生徒主体の進路学習「ドリカムプラン」。当時としては先進的なキャリア教育の事例で、国公立大学の合格者が急増したことからニュースにも取り上げられたという。

「ドリカムプラン」を一言で説明するのは難しい。生徒自身が自分の将来について、体験活動も含めて考える進路学習の総称であり、当時始まったばかりの総合的な学習の時間の先進事例としても全国的な注目を浴びた。和田先生の学年で実験的に取り組みはじめたところだったが、当時の校長は、開始1年目の終わり「”ドリカムプラン”に学校全体で取り組む」という宣言をした。和田先生は校長の判断に驚きながらも、自分の動きを見てくれていたという喜び、自分も学校経営に参画している実感が沸いたという。

 それから24年後、和田先生が同高の校長に赴任した。24年経っても「ドリカムプラン」は続いており、その中心となる総合的な探究の課題研究は各学年の若手30代が仕切っていた。その年の課題研究発表会を聞いた時、先生たちの熱心な姿勢に当時の自分たちの姿が重なったという。それでも自分の経験も活かしてもらいたいと、発表会後にアドバイスをしたところ、若手担当教員が気を遣いながらも、「それを変えたら目標が変わる、自分たちはこんな生徒を育てたいと思ってこのプログラムをやってるんです。」と反論を返してきたそうだ。

「それを聞いた時、私は、時代はこうして若手が創っていくものだ、老兵は消えよう、消え去れる幸せを感じました。本当に嬉しい瞬間でした。」若手として「ドリカムプラン」を企画実行していたころ、当時の校長が信頼して任せてくれた決断の意味を改めて実感した瞬間だった。

 「時代は若手が創る。管理職は経験はありますが、若手の方が未来に近いんです。」
「すべては『生徒のためにこうしたい!』というあなたの意志からはじまります。管理職が動かないなら管理職になってほしい、生きる力をつけてアップデートをし続ける教員が増えることを願っています。」

そのように語る和田校長は今日も誰よりも勉強を重ね、現場の最前線に立っている。

■和田 美千代

福岡市立西陵高等学校 校長

平成6年福岡県立城南高校で生徒主体の進路学習「ドリカムプラン」を企画開発、キャリア教育の先進事例として全国的注目を集める。城南高校に教員として17年、教頭として2年、校長として2年、計21年勤務。文部科学省のキャリア教育関係の委員を務め、学習指導要領特別活動の解説にも携わる。平成27年から2年間、福岡県教育指導部長として新たな学びプロジェクトチームを率い、アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)の普及啓発の仕事をする。福岡県教育庁高校教育課主幹指導主事を経て、平成29年度から城南高校校長。城南高校ラストの年にssh3期の指定を受ける。福岡県教職員を定年退職後、福岡市立福岡西陵高校校長。着任2日目にオンライン学習開始を宣言。全国に先駆けて公立高校でのオンライン学習をスタート、多くのメディアで報道された。西陵高校の職員からは黒船と呼ばれている。

■吉本 悟

福岡市立西陵高等学校 教諭(国語科・2学年主任)
Apple Distinguished Educator 

市立中学校教諭、国立大附属中学校の研究主任、教頭を経験後、高校へ着任。生徒主体の授業を求めてICT活用を始め、2017年にADE認定。GEG Fukuoka City 共同リーダー。「未知なる道へ」をモットーとし、生徒も教員もワクワクできる授業・学校を追究する。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

Jan 14, 2021 | category : お知らせ


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