ティーチャーズ・イニシアティブは、2020年、日本財団の「2020年度 新型コロナウイルス感染症に伴う社会活動支援」助成を受け「ICT授業デザイン研修」を自治体に緊急提供できることになりました。自治体の費用負担はなしに、ICT CONNECT21前事務局次長、他会員による募集協力で提供、実現しました。
下記、TIが実施した「ICT授業デザイン研修」の概要の紹介とともに、TIが研修を提供した三豊市、三島市、伊勢市の自治体からそれぞれ指導主事をお招きし、先生方への支援の様子、先生、児童・生徒の学びについて共有いただいた結果をお届けします。
教育現場へのICT導入の難しさとは
通常の研修は、先達(ロールモデル)がいるので全体像がわかり、ゴール、得られるものがはっきりしているため、手順や道筋、最短距離を示すことができる、いわばシティマップ型であるのに対し、ICT活用はまだ誰も入ったことがない場所に足を踏み入れるような、全体像が不明な中、道中に危険があるかもしれないという不安もある、ロールプレイング型のような状態にあるといえます。
そこでTIでは、変化に対応できるマインドセットが養われることが大切と考え、下記3点に注力をして研修デザインをおこないました。
- チームで不安に立ち向かう
事前アンケ―トでICTを活用していると回答した先生はどの自治体でも10%以下の状況でした。「私だけができないわけではない」「みんなが不安をかかえている」という状況を共有し、劣等感を安心感に変えることが大切です。工夫として、3人1組のチーム学習を研修の基本としました。小グループであれば、わからなくても質問をしやすいです。メンバーにベテランの先生と若手の先生を混ぜ、それぞれが強みを発揮し、弱みを補える体制を考えました。また普段は会えない小学校と中学校の先生を同じグループにすることで、新しい発想が生まれやすい環境を提供しています
- 「手」を動かして地図の断片をあつめてくる
1人の先生がいくつものICTツールに習熟するのではなく、まずは3人1組で一つのツールを使ってみます。研修全体で7つほどのツールをチームごとに試してもらいました。その結果を全体に共有することで、具体的に様々なICTの活用シーンがイメージしやすくなります。1人で学ぶより時間の短縮に繋がり、困ったときに頼り合うことに繋がります。
- みんなで集めた断片を広げて地図をつくる
小さな実践事例を数多く共有し、コミュニティに学習を拡張します。例えば、Google Classroom やTeamsといったプラットフォームに事例を共有することで、他校の情報を得たり、相談ができる基盤をつくることで次の一歩が踏み出しやすくなります。
上記3点を工夫して、ICTの「C」の部分、「Communication」を先生たちにさまざまな形で体験していただきました。ICTへの習熟が、学びや業務改善につながることを実感していただけるようにしました。以下は、3つの教育委員会での具体的な取り組みの様子です。
三豊市の取組み「選択と集中」
三豊市教育センター長 兼 教育委員会指導官
小玉祥平さん
水面が鏡面状に見える父母ヶ浜や桜と海の名所、紫雲出山がある香川県三豊市。市内学校数は小中で26校、児童生徒数4800人を有する三豊市はGIGAスクール構想推進のため、3つの「選択と集中」をおこないました。
三豊市の「選択と集中」とは下記3点を指します。
①ロードマップ作り
②各校でリーダー教員をつくる
③ICT支援員の巡回派遣
①「選択と集中」:ロードマップ作り
GIGAスクールは誰も経験をしたことがない、新しい取り組みになるため、ICT活用に不安を抱いている先生が多くいます。そこで、まずは「ICTは楽だ」、「便利だな」ということを実感してもらうことからはじめ、活用の幅を広げる方針をとっています。
図のように、ICTの推進が最も重視すべき学びである「探求」と「協働」に繋がっていることを明示して、研修の際に繰り返し活用をしています。ICTが得意な先生はどんどんチャレンジいただきたいのですが、不慣れな先生はこのロードマップをつくることで現在地、ステップの確認ができるようになり、推進テーマに優先順位づけをして一つずつ進めていくことが可能です。
現在授業で最優先しているのが、AIドリルによるアダプティブ・ラーニング(個別最適化の学び)の推進です。生徒の学習状態に合わせて自動で復習や予習の問題を出し分けてくれるAIドリルを全校に導入しています。市が主催する研修や情報発信もAIドリルを用いています。
自動化できる部分はAIでまかない、児童・生徒それぞれに最適化された学習コンテンツを提供、基礎・基本の定着、効率化と学習の深化をめざしています。
児童・生徒たちは学習を自主的に進めてくれいて、「AIドリルをやるよ」というと、自発的に端末を持ってきて学習を進めてくれているほど浸透しています。学習がおくれている子の学力の底上げにも繋がっているだけでなく、エクセルもショートカットもわからないとおっしゃっていた先生が「AIドリルは使いやすい、成績管理のためにエクセルを使ってみよう」とチャレンジする姿も見られるようになりました。
②「選択と集中」:各校でリーダー教員をつくる
「選択と集中」2つ目は、各校でリーダー教員をつくることです。リーダーの先生を中心に、校内研修で横の繋がりを構築し、ICTツールの活用やチャレンジを広めていくことを目指しています。具体的には授業力やICT活用が得意な先生に状況を聞きながら、校内研修の支援や参加を促しています。
TI研修を受けた先生方による、ICTツールを活用した授業は広がりをみせていて、Zoomを用いた「6年生を送る会」ではオンライン上で小学校2年生と6年生が交流をしました。また、Jamboardを活用して他の子の良いところを書き出そう、バラバラの言葉を使ってことわざを作ろうという授業もおこないました。
市教委、リーダー教員、校内研修の連携をおこない、他の先生の模範となる先生が増えることで、学校内で影響を伝播することを目指しています。
③「選択と集中」:ICT支援員の巡回派遣
3点目はICT支援員の巡回派遣です。今までは学校から要望があった場合にICT支援員が派遣されていたのですが、先生の人間関係等による支援の偏りや、日常の悩みに支援の手が届かないのではないかと思い、担当者を固定することで気軽に悩みを相談できるようにしました。その結果、気軽に相談がくるようになり、「今まで相談したかった」「相談してよかった、これ(悩んでいた状況)が当たり前だと思っていました」という声をもらっています。現場の声を集めて市教委で端末の設定や研修計画に反映し、Googleサイトに情報ポータルサイトを作ったり、教員向けに情報交換用のGoogle Classroomをつくっています。
先生方は不安を抱えながらも、子ども達のことを第一に考え行動、学びを実践してくれています。不慣れな中チャレンジする姿は子ども達にも伝わっており、こうした姿が学校全体の雰囲気を変え、学びを生み出していくと思っています。今後も先生方のサポートをしながら一緒に歩み、GIGAスクール構想をより浸透させていけたらと思います。
三島市の取組み:「これまで」と「これから」
三島市教育委員会 学校教育課 指導係
指導主事 髙嶋大生さん
人口約108,000人、「本当に住みやすい街大賞2021in静岡」の1位にも輝く静岡県三島市。GIGAスクール構想で導入した端末数は約9000台と、LTE通信対応iPadを活用したGIGAスクール構想推進を進めています。三島版GIGAスクールの「これまで」と「これから」と題して三島市の取組みについて語っていただきました。
三島版GIGAスクールの概要
三島市はLTE通信対応iPadを導入し、ビデオ会議に便利なTeamsやアンケート機能を提供しているオフィス365、教師が児童生徒の学習状況をリアルタイムに把握し協働学習で利用できるメタモジクラスルームなど、学習に役立つアプリケーションを導入しています。
三島市教委の基本精神の一つであるトライ&エラーを忘れず、行動をしながら考えることを大切にしています。子ども達は個別最適な学びが重要視されている中、市教委が全てを管理すると制限が出てスピーディーに動けなくなるので、学校・先生方の主体性が発揮されるように支援することが教育委員会に求められていると考え、サポートをしています。
三島版GIGAスクール:事前~導入段階
三島市では情報収集・研修・情報発信に分けてGIGAスクール実現のスケジュールを組んでいます。情報収集では「GIGA定例会」を開き、県内各地の指導主事と大学教員による情報交換をおこない、ICT教育活用アドバイザーを活用した外部講師による研修も実施しました。
TI研修は、端末が入る前後から実施しました。研修の意義は4点あると思っています。
・端末導入期の先行的な実践
・各校の担当者をつなぐ
・市教委担当者と現場の先生がつながる
・各校のGIGAスクール構想推進の中核となる先生が育つ
TI研修を受けたある先生は、現在研修主任をつとめ、校内で研修を活発に開催しているようです。実行を重ねる、中核になる先生がいる学校は推進が円滑に進んでいる印象があります。
TI研修の実践発表
先生方がTIでの学びを授業で実践した様子を発表してくれました。ある先生は、iPadで「なわとびカード」をペーパーレスで作成をしました。オンライン化したことでカードをなくす子がいなくなったという想定内の結果と、なわとびが上手く跳べるように動画を撮影しあってアドバイスをしあうなど、予想を越える子どもたちの学びがあったようです。
他の先生は、Formsでアンケートを実施。「先生方をもっと知りたいなアンケート」と題した先生向けのアンケートは「相手のことをもっと知りたい」、「自分のことを知ってもらいたい」という相手の理解につながる関係づくり、教職員のGIGA推進の素地づくりに繋がっています。
家庭科の調べ学習では、家庭に端末を持ち帰り写真を撮ってくる取組み、先生同士の校内ミニ研修では端末活用方法の共有として、写真への書き込み機能を紹介する動きも見られました。
情報発信について
情報発信はGIGAスクール通信の発行、GIGAリーフレットの配布、活用ルールの周知、教育長に参加してもらった動画配信などをおこなっています。GIGAスクール通信は全ての先生にメッセージ機能を活用して発信しており、最近はICTの活用事例を紹介、GIGA概要や市の環境についてもまとめています。
保護者・児童生徒にもリーフレットを作成、端末導入時に渡しています。地域、市民のためには広報紙を発行しており、GIGA特集を掲載するなどステークホルダー向けに情報発信をしています。GIGAスクール構想開始当初はご家庭から問合せをいただくことも多くありましたが、各学校の丁寧な説明、周知で今は浸透しているように思います。
三島版GIGAスクール:導入から活用段階へ
GIGAスクール構想が浸透しはじめた導入段階から活用段階に入ったことで、先生の主体性がより発揮しやすい環境作りに注力しました。現場の先生が困ったときに相談できる場所をつくるためヘルプデスクを立ち上げ窓口を用意しています。また、GIGAスクール構想推進にはスピードも大切なので、各校には市の教育委員会への申請なしでアプリのインストールが可能とする体制を整えています。
今年度は小中から一名ずつGIGAスクール推進リーダーを選出し、他の学校に出向いてアドバイスをするなど計画をしています。担当者にはアンケートを実施し、抽出された課題をもとに施策を考案したり、ステップアップシートをつくって課題を3ステップに分けることで研修内容の難易度調整やニーズに合わせた研修を提供できるようになってきています。
GIGAスクール構想はどんどん浸透しており、保護者に対しても家庭訪問をオンライン面談で実施、運動会のライブ配信、iPadを懇談会で体験するなど日常になってきています。子ども自身が目的意識をもって端末を活用する姿も増え、成功例や失敗例を共有するブログにはノウハウが数多く蓄積されています。
三島版GIGAスクール:これから
三島版GIGAスクールの「これから」は、今までと同様、先生の声に向き合うことで先生方の主体性が発揮できる体制づくり、研修の推進を進めていきます。ICTとこれまでの教育実践内容のハイブリットでやっていき、情報化の影になっている課題に一つ一つ丁寧に向き合って支援をしていきます。
情報収集、研修、情報発信を重ね、多様な事例がうまれたことで、次年度に学びがいきるようになってきたと思っています。学校の垣根を越えた横のつながりが生まれたことに三島版GIGAスクール構想の意義があると考えています。
伊勢市:「とる・みる・きく」から「みんなでやってみる」
伊勢市GIGAプロジェクト 伊勢市教育研究所
強力 大和さん
伊勢神宮で有名な三重県伊勢市は、児童生徒数約9000人の自治体です。学習支援ソフト「ロイロノート」、ドリルソフト「ドリルパーク」、G Suite for Educationアカウントの活用とGIGAスクール構想の推進をしています。導入当初は「iPadなんて触ったことがない」、「何から始めたらいいのか」という不安の声が現場から聞かれました。導入までの苦労や結果など、伊勢市GIGAプロジェクトの立ち上げ、推進のプロセスを共有いただきます。
伊勢市GIGAプロジェクト:導入前、教員への説明
新型コロナウイルス蔓延により、教育現場でもICTを使わざる得なくなった中で、GIGAスクールプロジェクトの立ち上げ期は、多くの先生方から不安や期待、様々な声があがりました。
混沌とした状態で、少しでも先生方の不安が取り除けるように、導入前の段階で市教委の学校教育課と教育研究所がタッグを組み「伊勢市GIGAプロジェクト」を立ち上げました。
まず、ICT導入前に先生向けのリーフレットを作成し、各校に出向いて説明をしました。どうしても難しいと感じる先生に対しては、まずは「とる、みる、きく」からはじめましょうと事例を踏まえながら伝えました。
「とる」とは、カメラを使うこと。その先に、くらべる、まとめる、伝え合うというステップがあることを伝えました。
技術的なサポートについては伊勢市独自の活用応援サイトを立ち上げ、iPadの基本操作、使用可能なアプリの操作解説動画などをアップすることで、忙しい先生方でもオンラインで学べる、好きなタイミングで知りたい情報を得られるようにしました。
研修会の充実
スキルや意識の底上げのために、今まで下記研修をオンライン・オフライン形式のハイブリットで実施してきました。
・管理職向け研修会
・全教員対象の研修会
・端末の基本操作についての研修会
・オーダーメイド型研修会(全校に訪問し実施)
・ICTスキルアップ講座
基本的にはオンラインでの研修会が主でしたが、このような時代だからこそ、オンラインだけではなく、実際に先生方とひざを突き合わせて要望や不安を聞くようにしていました。すると、学びの実践を話し合う交流する場や、不安を話し合う場が欲しいというニーズがあることに気が付きました。
そこで導入したのがTIの研修です。市内から教員20名が参加し、初任者、再任用教諭、ICTに興味があった方、ICTが苦手な方、経験、年齢、スキルもバラバラな方たちが集まりました。
TI研修会で印象的だったシーンが複数あります。例えば、「まずは”検索”してみましょう」というもの。インターネットでの検索は基本中の基本ですが、調べ方や工夫次第で新たな発見が多いことに驚きました。TIでは3人1組のチームで活動を実施するのですが、チーム編成は経験値やICT知識はあえてバラバラになっており、だからこそ3人合わさると多様なノウハウが一度に得られるメリットがありました。TIの研修は全部で5回開催され、会を重ねるごとにハプニングも含め、起こることを自然に受け止め、互いに尊重する空気になり、放課後タイムという雑談時間も笑顔が見られ盛り上がっていました。
研修で学んだことを教育現場で実践する課題があるのですが、あるグループは掃除の様子をタイムラプスで記録しました。結果的に、タイムラプス機能を用いると音声が入らないため、別で音声をとる必要があるといった、シンプルながら大切な学びを得ていました。
また別の先生は避難訓練の結果をGoogle Formを使ってアンケート集積したり、ICTを使ったことがないため子どもの指導が不安とおっしゃっていた先生も、まずはやってみようということで、機能がついた端末で校内の気になった場所を撮影するという取組みをおこなったりしていました。実践したからこそ得られる学びは想像以上にあり、ICT活用の輪はどんどん広がっているように思います。
遠隔で作業ができる共同編集機能の活用は、Jamboardで学年レクで何をしたいかを話し合う際に活用したり、部活紹介動画をロイロノートを利用して作成したりと工夫をこらした活動も見られるようになりました。ICTが苦手な人であっても、それぞれのペースで活用ができている印象があります。
自治体で使用しているツールをもとに研修をおこなうことができ、ツールの使い方自体を学ぶのではなく、実践交流型の研修会ができたと思っています。当初は失敗に対する不安があった先生方も、失敗から学ぶこと、うまくいかないことを受け入れるというマインドセットができ、前向きな捉え方に変わっていったのが先生の様子から見て取れました。GIGAスクール構想推進によって、実践したことを共有し、交流する場や気軽に話ができるという体制の重要性に改めて気が付いたので、今後も交流の場を設け、現場の声を聞きつつ何を準備したらよいかを見極めつつ、更にはリーフレットやサポートニュースなど市内の取組みをまとめることもおこなっていく予定です。
自治体は違えど共通する、先生との伴走姿勢
3自治体のお話しで共通している点は、先生方が主体的に学び、実践を繰り返せるための環境つくりをおこなうということ。スキルサポート、メンタルケアを適切におこなうために先生に寄り添い理解する、生徒の様子も把握するからこそ良質なフィードバックを得られ、次の施策に繋がっているようです。
着実に学び続ける体制づくりをしている自治体の実践や学びから得ることは多くありそうです。