第3回 アルムナイラボ 2022年1月16日(日)より
山梨県立甲府工業高等学校教諭の菅沼雄介と申します。今回は皆さんと建築設計を通じたコミュニケーションやデザインの本質についてお話しをさせていただきます。生徒の発想力や想像力をどうやって育てていくか、考えるきっかけになれば嬉しいです。
経歴と気づき
私は教員20年目になりますが、最初のキャリアは民間企業で建設コンサルタントとして働いていました。「美しい風景はどうやったらつくれるか」を考えながらまちづくりの計画に携わり、3年間勤務した結果3つの気づきがありました。
① 風景をつくっているのは人々の営み
② 人々の美意識を高めることなしに、美しい風景はつくれない
③ ひとづくりから、まちづくりを目指そう
まちづくりを目指そうと気づいたときに、教員になりたいなと思いキャリアチェンジをしました。
教員生活でハマった「部活動」
教員となって最初にハマったのはテニス部への指導でした。弱小だったチームを強くしていく過程が面白かったのですが、月日が流れていくうちにどんどん勝利至上主義となっていきました。
義務感が楽しさを上回ってしまい「おまえたちのためにやってやってるんだ」という気持ちが強くなったのをきっかけにやめました。
教員生活でハマった「建築設計コンペ」
生徒と共に建築設計コンペというデザインコンテストに参加しました。妄想を膨らませて理想の未来を描く楽しさがありました。だんだんと、描くだけではものたりないと思いはじめ、実際にものづくりやことづくりを最後までやりたいという思いがつのりました。
教員生活でハマった「プロジェクト学習」
プロジェクト型の学習をやろうということで、生徒たちの書いた計画書を持ってまちに出ました。
「こんなことをやらせてください」
まちで売り込みしていると、協力をしてくれる方や場所を貸してくれる方が現れはじめました。実際に空き家のリノベーションなど、生徒たちと楽しく遊んでいる過程で地域の方とも交流が生まれはじめました。
定時制高校で違いを生かした協働的な学びを目指す
現在は定時制高校に勤務しています。学校は本科と専攻科にわかれており、本科には経済的な困難や、複雑な過程環境で育つ子どもたちがおり、力を伸ばしながらケアをしています。
専攻科には社会人コースがあります。昼間に働いて夜間に建築を学ぶ社会人や、建築領域でセカンドキャリアを形成する準備をしている社会人など、建築を仕事にしていきたいという生徒たちを育てていきます。異なる学力と能力を持っている生徒たちですが、共通している課題は学びの最適化です。違いを生かした協働的な学びを基本方針に取り組んでいます。
本質的な建築デザインを学ぶ「建築デザイン演習」
私が担当する「建築デザイン演習」という授業は、建築設計を「楽しい、嬉しい、大好きだ」といったマインドを持てる生徒を育ていきたいと思い実施しています。その背景には、あるアンケート結果が影響しています。
建設業界に従事している方が自分の子どもに「建築の仕事をさせたいかどうか」を調査した結果、半数の方が「子どもに建築業をさせたくない」と回答する結果がありました。おそらく、仕事が辛いのが理由だと思います。しかし、仕事を楽しまないとなかなかいい仕事ができないと私は思っています。建築はとても楽しいですし、人を喜ばせる、尊敬される仕事であるべきだと私は思っています。
建築設計の楽しさを伝えるためには相手を喜ばせる経験を積んでもらう必要があります。そのために、建築設計の仕事には施主との個人的な関係を構築する力が求められていることを理解してもらいます。要望が多様化するなかで、どんな住宅を提案できるのかが建築設計者として食べていけるかの別れ道になっているのです。生徒たちには「住宅デザイン演習」を通してデザインを本質的に理解してもらう授業を設計しています。
現場で活躍できる人材になるために
「住宅デザイン演習」では、週末住宅を設計する側と週末住宅の設計をしてもらう側という、施主とクライアントの立場を再現した体験をします。3つの段階「デザインの心構えを知る」「デザインの作法を知る」「住宅をデザインしてみる」を踏んで学習し、学びを深めるための工夫をしています。
① 集中講義として、ギュッとテンションを高める
集中講義「住宅デザイン演習」は、1限から4限を5日間にわたって詰め込みました。
② 外部講師を招いて、現場の臨場感を持たせる
外部講師を招いて現場の臨場感を持たせるために、建築設計事務所から専門家を呼んできました。
③ 2人1組の講演形式により、施主・設計者の関係を体験する
2人1組の演習形式では、Aさんの建物をBさんが設計し、Bさんの建物をCさんが設計する立て付けにしました。生徒自身が施主となって設計してもらう、生徒が設計者になって設計する、2人1組の演習形式をつくりました。
本質的なデザインは欲求から生まれる
デザイン(design)は、名詞としては図案や意匠など、色や形などのビジュアルを意味します。一方で動詞は、計画する、企てる、目論むといった課題の発見と解決のような意味合いがあると思います。
講義でお話をするデザインとは、人間の欲求に寄り添い相手が求めていることを解決するものです。センスではなく、誰でもできる考え方がデザインなのだと伝えたいです。
デザインは、目の前にいる相手が何を求めているかを探るところからスタートします。そのためには相手の欲求にある根源をみつける必要があります。そのためには会話と観察が重要になってきます。例えば、暑い日に配達しにきた郵便屋さんに氷水を差し出すのは、1種のデザインではないかと思ったりするわけです。
「デザイン」を住宅デザインへ当てはめる
実際にクライアントのためにデザインを住宅設計に落とし込んでいきます。テーマは「施主が週末(週休日)に1人で過ごす週末住宅」です。ヒアリングシートと敷地資料をもとに考えていきます。
はじめは施主にヒアリングをおこなっていきます。どうやって施主の心を読み取れるかが重要なポイントになります。
プランニングをおこなうなかで、1間グリッドという、柱と梁の配置を四角の組み合わせでプランニングをするというルールを設定しました。
(グリットの位置を黄色で囲う)
1間グリッドを用いることで、安定した構造や、見た目の美しさだけでなく、建物がつくりやすく住みこなしの自由さを手に入れられます。こういったルールがもたらすメリットを実際にプランニングをしながら確認してもらいたいと思いました。
施主の話を聞いてそのままデザインするだけではいいプランはでてきません。設計者として主観を信じないと相手の心を動かす作品をつくるのは難しいと生徒に伝えています。
「建築デザイン演習」を通して生徒が感じた意外な驚き
(実際の生徒が考えた作品)
生徒に感想を聞いたところ、「施主とヒアリングさせていただいたからこそ、思いもよらない要望をいただきました。年齢など考えたうえで提案したデザインに”このガレージハウスいいかも”と満足してもらえた」と共有してくれました。
(プレゼンの様子)
失敗から学んだ例もあります。設計者役の生徒が施主役の生徒からヒアリングをして設計図をつくったとき、施主役の子は「あまりにも話が伝わっていなくて驚きました」と話しています。実践してみると思いを伝えるのが難しいと体感していました。
一方で設計者役の生徒は「うまくいかなかった」と悔しい思いをしていました。実際に相手の意図をくみとる難しさを体験できたのかなと思います。
(生徒アンケート)
「建築デザイン演習」を通した学び
「自分が大切にしていることを、他者から住宅というカタチで提案してもらう」という体験を通して、建築の醍醐味である「施主の喜び」や「設計の楽しさ」の一端を伝えることができたように思います。
私が今回の授業を通して学んだのは、「ルールがあるからこそ創造力が刺激される」ということ。もうひとつは、「自分と異なる価値観が補助線となって発想が広がっていく」ということです。他者との対話を通じてデザイン力を育む授業を、今後も展開していきたいです。