第5回 アルムナイラボ 2022年5月8日(日)より
東京都小学校主幹教諭・特別支援教室巡回指導教員をしております。ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)2期生の齋藤(足立)珠恵と申します。
特別支援教室の巡回指導教員として着任している学校の他に2校を担当し、発達障がいのお子さんに対しての個別授業や、5〜8人で集団指導をしています。
私は特別支援学校の教員を目指していたころ、結果的に通常学級での採用が決まりました。思いもよらなかった通常学級の学校勤務でしたが、とてもやりがいがあり10年間勤続しておりました。その後、特別支援教育への情熱もあり、通級指導教室※で経験をかさね、東京都特別支援教室という東京都の計画に立ち上げから携わることになりました。
※通級指導教室……一部特別な指導を必要とする子どもが1人ひとりの特徴に応じた指導を受ける教室
2020年から約2年間、大学院で仕事をしながら研究生活を営みました。今回は研究生活の中身を紹介しながら、特別支援について考えていきたいと思います。
小学校教員の特別支援学級に対する思い
研究では「小学校教員の特別支援教育学習動機と学校組織風土が特別支援教育に及ぼす影響」というテーマで研究をしています。
特別支援学級の教員を担当する前、10年以上勤務した通常学級で感じた大きく3つの疑問が研究テーマ選定につながっています。
1つ目の疑問:「『学級立て直し』をする教員がいることのへの違和感」
通常学級に勤務して3年目の頃、前年度に学級崩壊しかけていた学年の担任をしておりました。生徒は若い女性教論が担任になって生き生きとしており、ベテランの教員にも支えてもらったおかげで学級崩壊はありませんでした。
私が担当したあとに同じクラスをベテランの教員が担任しましたが、学級崩壊になり、教員が泣きながら学校を辞めていくことが立て続けに起こりました。その際、他教員から「学級を立て直すのは齋藤先生、よろしくお願いします」といわれたことに違和感を感じました。
問題にしっかり向き合わず、立て直すことに専念するのはおかしいのではないか。そもそも、学級を潰さない教員を育てることのほうが重要ではないのかと思いました。
2つ目の疑問:学級が崩壊する(児童と教師の関係性に課題が生まれる)原因の一つが「支援を必要とする児童」の存在?子どものせい?
教員間の議論において、学級崩壊の原因のひとつに「支援を必要とする児童の存在」があげられていました。会議のなかで安易に発達障がいというワードが使われることが多く、「子供のせいなのか?」と疑問が浮かびました。
普段から学校巡回をしていることもあり、教員からお悩み相談をいただくことがあります。そのなかで私が「何を思って”その子ができてない”と判断していますか」という質問をしても教員は答えられない場面が多々ありました。
子どもがわからないことに直面したり、できないことがあったときに責めるのではなく、そのような状態になった理由に対して考えをおよばせるのが大切です。教員の忙しさが原因かもしれませんが、そもそも特別支援教育は学級経営がうまくいってる前提に成り立っている制度です。
学級経営が不安定な状態では、発達障がいを持つ子どもを預かったとしても教育することが難しいです。やはり、学級経営という教育の基盤になる部分を整理していくことが大切ではないでしょうか。
3つ目の疑問:特別支援教育は学校の組織風土の課題では?
私が通常学級から特別支援学級へ移動が決まったときに他教員からいわれました言葉があります。
A教員:「齋藤先生は、特別支援を希望して移動します」
B教員:「特別指導なんてもったいない!」
この言葉に対して私はひっかかりを感じました。どこの学校だとしても教えることに差はないはずです。特別支援学級へ移動してきた教員と特別支援学級で勤務していた教員が入れ替わったときも、教員同士の会話で「無罪放免です」と差別意識を持つ教員を目にしてきました。特別支援に対する無意識的な差別意識が強く、学校組織風土に課題があると感じておりました。
「みんなの学校」の木村奏子先生との出会い
コロナウイルス感染症が流行る前まで「みんなの学校」の木村奏子先生と勉強させていただいていました。「みんなの学校」のインクルーシブ教育は全国から注目されていますが、職員室のチームワークの良さと、子どもたちを風呂敷で包み込んでいるような教育体制が素晴らしいなと感じました。
教員同士のチームワークと教育体制が整えれば、特別支援学級と関係なく当たり前の教員生活を送ることができるという気づきがありました。
障がいのある児童は国際的に不利な状態である
通常学級で感じた3つの課題をメインに調査したところ、驚くべき事実がわかりました。障がいのある児童生徒が通常学級で学ぶことは、国際的にみても中立または否定的な傾向にあることです。
もちろん多様性は大事だと思いますが、多様な子どもを教えることは大変なことであり、綺麗ごとでは済まされない部分は認めざるを得ない事実です。
日本以外の国は学力に影響しにくい障がい、視覚障がいや聴覚障がいのある子どもを受け入れる傾向にあります。日本ではそのような身体に障がいを持った子どもは、発達障がいや学力、知的障がいの子どもよりも受け入れにくいとされています。
原因として、学校では馴染みのある障がいが受け入れられる傾向にあり、サポートのリソースが身近にあるかどうかが受け入れの決め手となるとわかりました。
否定的な傾向にある教員を変えるべく、必要な人的リソースと仕組みはなにか
特別支援学級に対して、否定的な傾向にある教員から改善するためにはどうすべきか。インクルーシブ教育では知識や経験、理解が重要なファクターです。
知識と経験がある教員は、インクルーシブ教育や特別支援教育に対してわりと寛容であることがわかりました。
また、上司のポジティブなフィードバックや同僚からのサポート、専門家からの助言など、チームワークが発揮できる組織風土が重要だとわかりました。これらは特別支援学級だけでなく通常学級でも必要なリソースです。やるべきことは、組織づくりと特別支援学級におけるある程度の知識を身につけることだと思います。
協働的志向の学校風土において、教師が主体的に特別支援教育を学ぶことで、特別支援教育の成果につなげられると考えています。
調査からわかった驚くべき事実
<左が男性教員、右が女性教員>
TIのみなさんに協力いただいたアンケートをもとに重回帰分析をおこないました。特別支援学習動機で、教師が「なぜ、特別支援教育をやろうとするのか」を調べました。
教員の特別支援教育における内発的な学習動機は、男女ともに知識を高めて、子どもの悩みを解消することでした。主体的に学ぶことで、子どもの悩みを聞き入れ課題を解消し、自ら知識を増やしていけるようになることがわかりました。
一方で男性と女性で大きく差がある項目もありました。男性は教育環境によって行動が変わり、女性は指導内容に課題を持っている点です。理由のひとつは、子どもが男性教員に強い指導を求めてしまうからです。
「ちょっと、〇〇先生に担任してもらってしめてもらおうよ」
「〇〇先生にビシッと言ってもらおうよ」
とくに高学年になる男の子は、男性的な指導に期待する傾向があると予測されています。男性教師は特別支援教育を率先して選択しているのではなく、学級経営がうまくいっているからその組織を選んでいるケースが多いです。
特別支援に対する専門的な知識を学習するだけでも、結果はかなり変わります。男性教員と比べて女性教員は、多様な学習動機を学級づくりに生かしていました。研究結果でも男性教員より女性教員のほうが特別支援に積極的であるとされています。ただし、女性教員は同調的風土で他人に同調してしまうと、自分の持っている知識や学びを生かせなくなると予測されています。
男性教員は、学校組織風土にある「心理的安全性」「同調的風土」「協働的風土」の影響が大きくみられました。心理的安全性や同調的風土が高いと特別支援教育に対する悩みを強めてしまう傾向にあります。
理由として心理的安全性が高いと、うまくいってないことや悩みを忌憚なく相談ができるからです。その反面、特別支援教育の知識や理解が低いと長時間悩んでしまいます。それを打破するには、普段から主体的に学ぶ必要があるのです。
特別支援教育が”特別”はなくなる自律的動機づけ
私が取り組んだ学習動機は、1985年にアメリカの心理学者であるエドワード・デシ(Edward L. Deci)とリチャード・ライアン(Richard M. Ryan)が提唱した自己決定理論に基づいて設計しております。動機づけは、内発的動機づけと外発的動機づけがあり、外発的動機づけから内発的動機づけに変わっていくと考えられています。
特別支援学習動機の項目で、「自己成長・価値」を除いた「子ども志向」「チーム貢献」「学級経営志向」「保護者との連鎖」は全て外発的動機づけです。教員が外発的動機づけから内発的動機づけへ近づいていくためには、自ら学んでいくしかありません。
教師の学習動機は他者志向性であり「誰かのために何かをしたい」傾向があるので、特別支援教育では裏目に出てしまう可能性があります。自分が学びたいことを学んでいかないとうまく活かすことはできないと感じました。
こうした研究や実践を通した学びを生かして、今後も主体的に学ぶことの重要性を意識しながら教育分野に従事していきます。ご清聴ありがとうございました。