イベント記録「学校はどこへ向かうのか」【後編】 :学力とは何か?「見えない学力」について子どもと共に考える。

 コロナ禍に揺れる教育現場は子どものために何をすべきか。「すべての子どもの学習権を保障する学校」を目標にかかげ、その取り組みが映画でも話題となった大空小学校の初代校長・木村泰子先生と6人の現場教員が対話を試みたイベント。 
 前編では学校行事やオンライン授業に対する考え方を、後編の今回は学力とは何か、教員はどのように考え振舞ったらよいか、木村先生自身の経験も踏まえて語ってくれた。(本イベントは全国的な学校再開前の2020年5月23日に行われたものです)

 

質問者4)私立高校勤務・香川先生
 学校では子ども達も教員も、多くの時間を教科学習に費やしています。

数値化できる学力と数値化しづらい学力について、子ども達が、あるいは教員が、学力についてどのように捉え、どのような学習(指導)をしていくことが人生を生き抜く力につながるとお考えですか。

 

木村先生)
 私が校長を勤めていた大空小学校では、数値化できるものを「見える学力」、数値化できないものを「見えない学力」と呼んでいました。そもそも、学力という二文字熟語が一人歩きしすぎています。学力という言葉を使わずに学力を語ろうと思ったらどう語りますか?

 

香川先生)
知識とか思考する方法の習得レベル、生きていく力でしょうか。

  

木村先生)
では、子どもと「学力って何だと思う?」と話をしたことはありますか?

  

香川先生)
ないですね。

  

木村先生)
 そこだと思います。学力という言葉をよく使うのに、先生によって定義が違う。多くの先生が、学力という言葉の理解が異なるままそれぞれの授業を行っているのです。授業はなんでやるかといったら、学力を上げるため。それなのに、「学力とは何か」を考えていない。そのおかしさに気がつく必要があります。10人の教員が学力を10通りに捉えていたら、子どもは「あっちを向け、こっちを向け」といわれて、学校の中でわけがわからなくなってしまう。結果的に、大人は信用できない、口だけだなという不信感につながりかねません。
 学力をつけるのは子ども。学力を獲得するために学校に行っているのであれば、子どもが学力が何かわからない状態で授業をうけるのは無駄です。学校にいかない期間を与えられたのであれば、学力とは何か考えたいですよね。
 大空小学校では学力という言葉を使わずに学力を語ろうと毎日話していました。散々議論して最終的に気づいたことは、学力という言葉に頼って、通知表、評価でごまかしていたということ。たとえば、塾に行っているので、ペーパーテストは100点、でも学校では授業中にマンガを読んだり、勉強ができない他の生徒をバカにしたりする生徒がいるとします。でも今の学校評価のなかではA評価をつけざるを得ない。そうだとすれば、いったい子どもは何を学ぶために学校に来ているのでしょうか?希望する大学に入学することだけが目的になってしまうような、レールにのって動く子どもは大人が作っているということに気が付くべきです。

  

香川先生)
木村先生は学力をどのように捉えていますか。

 

木村先生)
 学力は、偏差値でもテストの点数でもなく、学んだ後の結果だと考えています。多くの学校が休校を経験した今、子どもは何のために学校に来るかという、問いを考えるチャンスがきたと思っています。学校再開時は、子どもたちに今の状況をどう考えている?と聞くことからスタートできるのではないでしょうか。宿題のチェックだけをする、家庭の学習結果を学校が確認するだけになったなら、それは学びから遠ざかる最悪なシステムといえます。学校の課題を家でやるのは家庭学習。家での学習と学校での学習を混同してはいけないと思います。混同をするから学校にこれない子が増える。遠回りのようにも思いますが、「見えない学力」を優先したら、「見える学力」はついてきます。それは大空小学校での実践を踏まえて実証を得ている事実です。

  

事務局注 「見えない学力」について:大空小学校では「大空小学校のたった一つの約束と4つの力」を15年前の開校時より理念に掲げてきた。たったひとつの約束とは「自分がされていやなことは、人にしない、言わない」、4つの力とは「人を大切にする力、自分の考えを持つ力、自分を表現する力、チャレンジする力」。開校前に、”10年後の世の中で生きて働く力”は何か、”子どもたちがどんな心を持っていれば幸せになれるのか”を教員間で考え、意見を出し合って決めたもの。

 

香川先生)
「見えない学力」に注力することを学校で提案するのは根拠がないので不安です。

  

木村先生)
 やっていないからそう思うのかな。やったらすぐ分かります。開校当初は、大空小学校の学力テストの成績はよくなかった。社会に出て必要な力をつけることを目的に、授業は単なる手段と考え(「見えない学力」を育てることを)全員で進めていました。教育方針を変えてから9年目、全国学力調査で、全国1位の県の平均正答率を8ポイント上回るという成果が出たんです。とはいえ、数値が出る結果なんてたかが知れているとも思っています。「見えない学力」は10年後の社会で生きていくために必要な力を、子ども達と一緒に対話をしながら、対話の主体である子どもが、その意味を納得しないと力がつかない。今はその問い直しができる機会なのではないでしょうか。

 

質問者5:公立中学校勤務・滝沢先生
 休校期間、生徒の学びの壁は「①自己の学びに向かう力、意志が保てない」です。これは、生徒が一人でも学ぶ意志を発動させる力をつけてきたのかと問われているともいえます。生徒の意識・無意識が変わり、以前の学校に戻らない今、より①を乗り越える力が必要だと考えられます。学校で生徒たちがその力をつけるには何が必要でしょうか。また、教員に対する評価はどのように行っていましたか。

 

木村先生)
 仮に自分で学ぶ力が足りない子がいたとしても、小学校でできなければ中学校、足りなければ高校と、やり直し、見直しは簡単にできると思います。学ぶ基礎があって、自分で向きあえば積み重ねられる。まず大切なのは、学校側が提供している学びの機会が、偏差値を上げるため、いい大学に入ることが目的になっていないかということ。それはあくまで結果であるということを理解したいですね。
 大空小学校では、授業が終わる毎に子どもが自分の考えを書いていました。「授業がおもんない」という子は、その原因があるはずだから理由を聞く。はっきり意見をいってくれる子は、俺のことみてくれ。という意思表示をしているケースも往々にしてあるので、職員室で情報を共有し、関係性のよい教員に詳しく話を聞いてもらっていました。毎時間、子どものメッセージから学びの状況をみるというのは並大抵のことではありませんでした。ただ、「見えない学力」を育てるには必要なことなんです。
 教員に対する授業評価は、授業毎に「4つの見えない力」をどれだけつけることができたかで評価をしました。授業をしている時に40人子どもがいたら、40通りの学びを90分でどれだけ作れたかが授業者の評価になるわけです。今日の授業でこのことを教えたい、ペーパーテストをしたら平均点が90点だったらOK、という評価をしている限り子どもの学びには目を向けていないも同然です。どれだけ1.人を大切にして2.自分の考えをもって3.表現して4.チャレンジしたかを4つの評価軸にして、子どもに任せる環境を作れるよう授業研究をしてきました。

  

質問者6:Teach for Japan職員・私立教員 ゆき先生
 時代の変化とともに学校の在り方を変化させていくにあたって、大人自身が自分の価値観をアンラーン(unlearn:必要に応じて学びをリセットする)・アップデート(update:最新のものにする)するのがとても重要だと思うのですが、木村先生はそれを非常に上手、かつ自然にされていると感じます。しみついた価値観をとりはらったり、自分自身を変化させ続けるためにどんな工夫や行動をしていますか?

  

木村先生)
 アンラーンは過去、アップデートは未来と考えたら分かりやすいかな。学んだことを捨てるというのはしんどい。なにがあっても過去は過去。どれだけ後悔しても、あの時ああしていたら、こうしていれば・・・の世界にとらわれても前に進まない。1秒後の自分はオールラウンドで可能性があるんだから。

  

ゆき先生)
私は自分の過去の経験を伝える授業をしていたかもしれないです。

 

木村先生)
 保護者の方も、現場の多くの先生も、自分がうけた教育はこうだった。と経験に基づいて教えようとするけれども、教育と世界は表裏一体なんです。先生が受けた教育の背景にある社会と、子ども達がこれから生きていく社会はまったく違う。必要な教育が昔の義務教育と同じである理由がないんです。今国際社会で求められているのは、もっと尖った人間。子ども達の社会は私たちの過去の社会とは違う、ダイバーシティーの社会。教育現場で今までの常識を前提とした教育を与えるのは違うのではないでしょうか。

 

ゆき先生)
木村先生は日々情報を更新されていて、それを自然にやっているように見えます。どうして上手なのでしょうか。

 

木村先生)
 上手という言葉は当てはまらないと思っています。小学校現場で45年間仕事をしてきて、現場をはなれて数年間、全国の多種多様な人達と出会い、対話をし、学び、自分とは違う価値観に沢山触れた。それしかないかな。
 『みんなの学校』の映画が公開された当初、否定をする人、賞賛する人で評価が分かれたんです。批判をする人とも対峙していくと、数年で共感し、一緒に動こう、と変わっていきました。周りの人が変わっただけでなく、自分自身も前を向けるようになっていったように思います。最初は人のせいにする自分がいたんですが、どんな声を聞いても、どんな時代を見ても、新たな自分でいられるようにどのように考えたらよいか思考と行動ができるようになってきました。それができるようになったのは、やっと最近のことです。ゆき先生のように若いみんなは可能性にあふれていますよ!
 子どもの事実が全ての結果です。世間の人が私を評価してくれているかもしれない、でも、関係ないのです。評価なんて何の役にも立たない。教師である自分の評価は、すべて目の前の子どもの行動。どんなに頑張っても過去は消せないですが未来はつくっていける。そう考えたら楽しいものです。
 子ども達がどんな状態なのか、素直にいやだと意見を言ってくれるか、そこからが安心のスタートではないでしょうか。目の前の困っている子がどうやったら困らないのか、見えないことを見ようとする大人が一人でも増えることを願っています。

【スピーカープロフィール】


木村泰子先生
大阪府生まれ。武庫川学院女子短期大学(現武庫川女子大学短期大学部)卒業。大阪市立大空小学校初代校長として、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことに情熱を注ぐ。その取り組みを描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』は話題を呼び、劇場公開後も各地で自主上映会が開催されている。2015年に四十五年の教職歴をもって退職。現在は、全国から講演会、セミナー等に呼ばれ、精力的に各地を飛び回っている。東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター協力研究員

Jul 16, 2020 | category : 勉強会レポート


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