宝仙学園中学高等学校は、ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)のオンライン講座(場づくり編・ICTツール編)を法人単位で受講。講座導入を決めた米澤先生と馳川先生に気づきや変化、学校運営に活きていることについてお話を伺いました。(2020年8月27日 取材)
【米澤先生】教務部長として学校全体の教育環境を整える役割を担う。
【馳川先生】選抜クラスの担任として主体的な生徒の育成とクラス運営を目指す。
学校のICT化を進めるきっかけ
‐ 新型コロナウイルスで休校が決まった時の様子を教えてください。
米)2020年2月下旬、共学部が期末試験を迎える前日に休校が決まりました。生徒も先生も「テストは?成績は?卒業式はどうするの?」と、かつてない状況に戸惑いが隠せない様子でした。学校全体を見る立場として、生徒の学びを止めてはいけない、今こそ学校のオンライン化が必須になると思いました。早速先生方にZoomの利用を促すために使い方をレクチャーし、”職員同士のミーティングでZoomを使ってみましょう”と働きかけました。
馳)休校が決定した時は大変なことになったと思いました。クラスに戻って休校の事実を伝えると、生徒は狐につままれたようにぽかんとし、一部の女子生徒がわっと泣き出しました。その光景を目の当たりにしたときに、”クラスがこんなふうに、あっけなく終わってしまうのか”と思い、胸が痛みました。同時に、混乱の真っ只中だからこそ、生徒たちと直接会えない期間もつながらないとダメだという実感が沸きました。
TIの講座を選んだ理由
‐ なぜTIの受講を決めたのでしょうか
米)2020年5月、学校開始のタイミングでZoomを活用して授業を行う先生が増えていきました。しかし、出遅れてしまった先生もいました。どうやってオンライン授業を行うか、不安を抱く先生の気持ちはよく分かります。先生の不安を取り除き、学びを止めない環境をつくりたいと思いました。先生にアイディアをもたらしたり、サポートになるものがあればと考え、TIの講座を受けることにしました。
‐ 先生へのサポートの他に、外部研修はどのような意味がありそうだと思いましたか
米)先生方は「生徒の見本になる」という意識が強くあり、完璧を求めがちです。宝仙ではコロナ禍の混乱で、つい守りに入ってしまい、新しいものを取り入れたりチャレンジすることを避けてしまう傾向も出てきていました。
しかし私は、今までと一緒の考え方でいいのだろうか?学校は変わる必要があるのではないか?と思ったのです。外部の研修を受けることで技術の向上はもちろん、学校に新しい風が入ってくることを期待しました。外部者であるTIの目線が入ることにより、先生方の新たな気づきにつながり、学校でICT導入が進まないという課題を打破するきっかけになればと思いました。
– オンライン授業を行ってみて気付きはありましたか
馳)私はもともとICTツールにそれほど苦手意識がなく、海外留学をしている子と繋がれるなどICTツールのよさを実感していました。しかし、オンライン授業には苦戦しました。いつもの授業をそのままオンラインで配信すれば、ある程度授業として形になる、そう思っていたのですが、うまくいかなかったのです。
例えば、普段の授業ではグループワーク中に歩きながら生徒同士の会話を小耳にはさみ、面白いコメントをしているグループの意見をピックアップして深堀りするのですが、オンラインはそうもいかない。対面授業ならではの「間(ま)」の取り方も難しく、これでは面白い授業ができないと感じました。そのときに、「オンラインだからこそ、できることはなんだろう」という発想に変える必要があり、外部の研修を受けることで、自分が想像していない考え方や別の世界を知ることが必要だと思いました。
TIを受講した感想、良かった点や変わったこと
– 講座に9名の先生が参加されました。先生に変化や参加してよかった点はありますか
米)宝仙学園中学高等学校(学校法人)として導入した講座1・2を通して、先生同士の理解が深まり、関係性が良くなったと思います。TIの講座では受講者同士で対話する機会がたくさんありました。職員室で隣合わせに座っている先生であっても、日常の仕事の中では、その先生がなぜ教師になったのかという原点や、先生の奥底にある想いに触れる機会は多くありません。対話によって自己開示し相手の核となっている部分や新たな一面を知ることで、自分の居心地がよくなったり、見える景色がこんなにも変わるんだなと思いました。その人の信条や価値観など、背景を知ることで「だからこういう行動をとるのか」「だからこういう発言をするのね」と理解が深まり、仕事も円滑に進む実感があります。また、講座では「安心安全な場」がつくられていたなと思います。立場や年齢を超えてフラットに学べる雰囲気で、どんな発言でも受けとめてもらえる場であると感じました。普段の授業においても「安心安全な場」であることが、生徒の主体性や学びを深めるための始めの土台として、重要な要素であることを再認識できました。
‐ TIでの学びを学校で実践されたときの様子を教えてください
馳)まずは、始業式より前に生徒と話したいと思い、すぐにオンライン面談を行いました。生徒同士も繋がった方がよいと思い生徒に企画立案メンバーを募ると、クラスの30人中10人が立候補し、レクリエーションの企画や準備を率先して行ってくれました。生徒は進んでGoogle formでアンケートをとったり、LINEグループでテーマを募集したりしていました。始業式前に心理的安全性を担保してあげられるきっかけになったと思います。
「ICTツール講座」で学んだ「ななしのワーク」は授業で活用しました。オンライン会議ツール(zoom)では自分の表示名を変更できる機能があります。参加者全員が「ななし」に変更して、チャット欄に意見を出してみるワークを体験しました。名前ありの発言から名無しの発言(=匿名)に変わることで意見が言いやすくなり、型にはまらない多様なコメントが出るなど、面白い体験でした。講座でとても盛り上がったので、それを古文漢文の授業でも取り入れてみたのです。するとどうでしょう、匿名にした途端に意見が10倍にもなったのです。今までとの差に歴然としました。そして、生徒たちは思っていた以上に生徒は周りの目や大人からの評価を気にしているということに気が付きました。それまでオンライン授業でのチャット書き込みは、答えに自信のある子が自分宛てに個別でダイレクトメッセージを送ってくるぐらいでした。それがこのワークを授業で活用したことで、チャット欄のコメント書き込みが活発になり、ほぼ全員の意見が出るようになりました。生徒からは「匿名なので安心して意見が出しやすかった」「授業に参加している感覚を強く持った」という前向きな意見が多く寄せられました。さらには、授業でふれたことを深堀りして調べたり、授業中にタイピングが間に合わなかった子は授業後アンケートに発言したかったことを書いてくれるなどの積極性も見られました。他には、匿名性の高い書き込では責任感がなくなるのでは、と心配する意見もあり、生徒自身が「匿名性の書き込み」を体験することでITリスクへの意識が高まった、とも言えます。匿名のワークばかりだとお互いの存在感や個性の把握ができないので、場面に応じて活用するのがよいと思っていますが、「ななしのワーク」を通じて、一人ひとりが主体性を持つ、いわばスイッチが入っている状態が築けたと思います。
他にもロングホームルームの時間に、講座で取り扱った「Jamboard(ジャムボード)」を使い、「コロナ後の世界はどうなるか」というテーマで意見だしを行いました。現在は、教室で授業をしていてもコロナ対策でグループワークがしづらい状況にありますが、こういったツールを上手く使えば、教室にいても各自の席で発話をせずにグループワークができるので、使わない手はないなと思っています。ツールは実現したい授業や学びに近づけるための一つの手段ですので、機能や特性を活かしながら、これからも生徒の主体性を引き出す場づくり、授業デザインをしていきたいと思っています。
今後取り組みたいこと
– TIでの学びをどのように活かしたいですか
馳)今後取り組んでいきたいのは、進路を見据えたキャリア教育を「自分プロジェクト」として探究的に学んでいくことです。今担任しているクラスが高校2年生で、大学やその先の将来のことを考え始める頃にきているので、オンラインも活用して生徒の視野を広げるための機会を設けていきます。オンライン化によって距離や空間をこえて、人とつながれるようになったり、得たい情報を得る手段・選択肢が増えました。例えば、オンラインで社会人と大学生との接点を持つことや、自分の過去と未来を見つめ、将来なりたい姿、そして今何が必要なのかを考えてもらうこと。実際に大学のシラバスを見せて受けたい授業を想像してもらうこともしています。
プロジェクト型の学習スタイルはTIで学びました。自分のプロジェクト(企画)を考え、情報を集め、発信し、人を巻き込みながらアクションに移していく、という一連の流れを生徒にも還元しています。他にも、「チェックイン」という、その時の気持ちや気づきを共有するアイスブレイクも取り入れたり、朝に当番制でスピーチをしてもらっています。最初は”めんどくさい”と言う生徒もいたのですが、最近では社会的な内容や進路に関わるスピーチが増えてきました。生徒からは、”伝えたい、この話をみんなの前で発表したい”という欲求がみてとれます。心が動いて体が動くのがいいなと思っています。
米)先生が ”オンラインを活かしてどのような授業をすればよいか” という発想になると、授業の質がさらに上がると思っています。TIはそのために必要な問いを与えてくれました。”そもそも生徒に何を学ばせたいか” など、学びそのものに向き合う機会によって、学びに関する考え方、意識を変えてもらったと思っています。
参加した先生からも学校内でのICT化に対して協力姿勢が見られたり、ICTが苦手な先生に手を貸している姿が見られます。この学びを生かして、2020年9月からは学校全体の取り組みとして毎週1回、まずは3ヶ月と期間を定めて1日の授業すべてをオンライン授業で行う「オンライン授業DAY」を始めることになりました。いつ陽性者が出て学校が閉鎖されてもおかしくない状況なので、学校の経営判断として、生徒の日常を止めないためにも「いつでもオンライン対応ができる準備をしておこう」と話が進みました。TIの講座に参加した先生の一人から「(コロナ休校に限らず)台風、大雪などで臨時休校になった時にも、オンラインで授業ができれば(学びを止めることなく)いつでも対応ができますね」と前向きな意見があり、先生方の意識に変化があったことも、こういったチャレンジができる後押しになっています。
まだまだ全員の先生がスムーズにオンライン授業ができる状況ではありませんが、オンライン授業が得意な先生が4クラス分の生徒、計120人程にオンライン授業を行い、その間に苦手な先生にはオンライン授業の準備をしてもらうなど、やれる方法を考えながら環境を整えているところです。先生たちにはオンライン、オフラインそれぞれの特性を生かした授業設計を行い、メリハリを利かせて授業の提供をしてほしいと願っています。先生は失敗を恐れて完璧を求める傾向にありますが、「失敗しても大丈夫、少しずつトライ&エラーを繰り返していこう」という雰囲気つくりの大切さは、TI講座で再認識したことです。
今後も生徒主体の学びを大事にしながら、学校を楽しくしたいという方向性は変わりません。楽しいというのは、既存の枠におさまらない自由で創造的な学びがあるということ。先生、保護者など周囲の大人の理解や柔軟な姿勢があってこそ、より生徒達に学びが提供できると思っています。課題は尽きませんが、教師も学び続け、試行錯誤を重ねながら、生徒とともによりよい学校づくりをしていきたいと思います。
宝仙学園の紹介
宝仙学園中学高等学校は「生徒はプレーヤー、先生はコーチ、保護者はサポーター、卒業生は兄貴姉貴のような存在」としてそれぞれが活躍してほしい、自己肯定感が高まる授業をとおして学校を好きになってほしいという願いを持っています。「理数インター」=「知的で開放的な広場」として2016年に新設されたカリキュラムでは、生徒が自主的に学び、楽しみを見い出せるために、教科の枠を超え、教科書にはない「新しい学び」を創造しチャレンジしていくことを目指しています。
2020年4月、学校法人の単独講座として「講座1:場づくり編」「講座2:ICTツール編」を修了(プログラムの詳細はこちら)
宝仙学園に関する書籍
一人一人が主体的に学び、多様性を認め合う場はどのようにすれば作れるのか? 生徒の自己肯定感を高め、「正解のない学び」に取り組む私立中高一貫校の実践を紹介。名物校長からみんなへのメッセージは「偏差値より学習歴!」「自己ベストの更新を目指そう!」「しくじりOK! さあやってみようよ!」