民間校長1年目を終えた雑感

第5回 アルムナイラボ 2022年5月8日(日)より

 茨城県立竜ケ崎第一高等学校の校長、ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)1期生の太田垣 淳一と申します。

 私は民間企業で社会人経験を積んだのちに校長になった「民間校長」です。私が在籍している茨城県立竜ヶ崎第一高等学校・附属中学校は120年近い歴史をもち、生徒数約900人が在籍するマンモス校です。関鉄竜ヶ崎線 竜ヶ崎駅から少し歩いたところに位置し、地方色が豊かな学校です。

今回は1年間校長として活動をした雑感をお伝えしながら、民間企業を経験したからこそ得られた体験や生かせたノウハウなども合わせて紹介できたら幸いです。

40過ぎに民間人校長へ、教育実習で教壇にたったとき「語れるものがなかった」

 私は大学時代、教員を目指して教員免許を取得しました。教員を目指す過程で子どもたちと対峙した際に実感したのは「まだ自分には子どもたちの前で語れるような経験がない」ということでした。

 そのまま教員になる道もありましたが、実社会での経験を積むため外資系企業に就職しました。実社会と人材ニーズを十分に理解したうえで、40過ぎになって教育の世界に飛び込みました。教育によって世のなかをよりよくしていきたいという思いを胸に、学校の教育を高めることを目指しています。

「学校の世界は時代劇である」ことの理由

 民間企業から「民間人校長」として勤務をしていると、このような質問をもらいます。

「企業から教育の世界に入って、学校の世界はどのようにみえるのか」

「課題はなんだと思いますか」

 こうした質問に対して、茨城県教育委員会の方が発した印象的な言葉をお返ししたいと思います。それは、「学校の世界は時代劇である」ということです。

 つまり、学校は時代劇といわれるほどに実社会と時間的な隔絶があるという意味です。それに対して私がどのような活動をしているのか、いくつか具体例をあげていきます。

時代に合わせたサービスを活用する難しさ

 コロナウイルス感染症がきっかけで話題になった「働き方改革」や生産性の向上。本校でもさまざまな手段を活用して生徒への教育がおろそかにならないように努めています。

 教員に対して「うまく効率化しなさい」「早く帰りなさい」と無理強いするのではなく、教員の時間が空くような体制や仕組みづくりをするのが重要です。教員の働き方を見直すため、時代に沿った仕組みの構築が必要だと痛感しています。

 そうした仕組みを整備するためにエンジニアなどIT人材の採用を検討した際、事務手続きや慣習が障壁になり人材を雇うことが難しかったり、業務委託やクラウドファンディングの活用も制限がありました。硬直的な仕組みの影響で、現在世のなかで広く使われているサービスの利用が難しいのです。

 私の役割は、学校のルールや法律や規則を調べて、できない点をひとつずつ解消することです。「民間人校長」はわりと打ち上げ花火的な鳴り物入りの仕事だとイメージされますが、実際は時間があれば調べ物をして最善策がないか探るなど良い学校づくりを考えています。

果たして教育改革は実社会に追いつけるのか

 私が「民間人校長」として活動しはじめてから1年が経過して痛感したのは、世のなかの変化のスピードと教育改革の時間差です。もちろん、世のなかの流れをみて変化を取り入れている教員の方はたくさんおり、そういった方々は他の教員に比べて何倍ものスピードで成長し、動かれています。

 一方で、実社会の変化のスピードはすさまじいものがあります。技術革新が指数関数的に伸び続けているという話からも、どれだけ努力してもはたして社会の流れに追いつけるのかという疑問が残ります。

 21世紀型の人材需要が高まるなかで、教員や学校組織が社会の進化に追いつけない、子どもたちの将来を想像できないとしたら、それは危機的な課題ではないでしょうか。

企業の経験を生かした民間人校長の働き方

 民間人校長としての任期は令和5年まで、残り2年間在籍する予定です。私はせっかくの機会を無駄にしたくないと思い、1年毎にテーマを設定しています。

令和3年:「デジタル」

令和4年:「グローバル」

令和5年:「探究」

 令和5年には新指導要領がうたっているような、探究中心の学びを展開していこうと活動しています。今から「デジタル」を中心にお話しします。

民間企業で身に付けた「デジタル」の導入

 学校内の「デジタル」化は、コロナウイルス感染症の影響が追い風になりました。私が実社会で身に付けた「デジタル」スキルを活かした結果、茨城県の県立校のなかではトップレベルと言えるほどデジタル教育が盛んになりました。教員同士の対話でもコミュニケーションツール「Slack」の導入をおこない、習慣的におこなっていた会議や朝礼の時間を削減し効率を上げました。

 高度情報教育、「情報」科目が2025年の大学入学共通テストから受験科目に追加されます。戦々恐々としている先生方もいらっしゃると思いますが、私は企業での経験を生かして「情報」の授業に人工知能やロボット教育を採り入れました。中学生の技術家庭に関しても、着手から4ヶ月でロボットコンテストの全国大会で優勝するほどの実力を身につけることができました。民間で培った知識が貢献できた事例の一つです。

いかに全国優勝を導いたか

 即物的な結果ばかりを強調すると、子どもたちの意思をないがしろにして促成で詰め込み教育をおこなったのかと思われるかもしれません。しかし、私が実施したのは、子どもの学習環境を整え、週末の練習の際には手土産でチョコレートを買っていくなど、子どもたちが気分よくロボット制作、作業に熱中できるような環境を整えた程度です。もちろん技術的なアドバイスもしましたが、子どもたちの好奇心と向上心を大事にしながらそっとサポートするのを意識していました。

「生徒の内なる成長力」に委ねる

 私は「生徒の内なる成長」の手助けになる、好奇心や関心など心のなかから湧いてくる思いを阻害しない、邪魔しないように意識し、子どもたちを信じながら支えてきました。

 日本の学校教育は情報を詰め込み、暗記をさせる方針が多くみられます。そうすることで、生徒は自発的に学ぼうとせず、机にへばりついて教員からの指示待ち状態になることが多くなります。

 指示待ちになってしまう子どもをみて、何かを与えるのではなく。子どもたちの思いを阻害するものを取り除いてあげて、心のなかから湧いてくる思いを吐き出させてあげることが大切だと思うのです。

子どもたちが生き生きと、目を輝かせられる時間を少しでも設けてあげたい。それができるような教員の力になりたいと考えています。

生徒はいつでも主役である

 入学式や卒業式など生徒、教員、保護者の方が集まる特別な行事のときに、伝える話しがあります。それは、学校という組織は教員の下に生徒がいるのではなく、生徒と保護者、教員のみんなでつくりあげていくものだということです。加えて、生徒はピラミッドの頂点にいる主役だと伝えています。

 積極的な生徒が多い学校でも、昔と比べて、発言や主張が少ない生徒が増えているのも事実です。私たちは、なるべく生徒に問いかけ生徒の答えを待つように心がけています。結果的に一定数の生徒が校長室へ訪れるようになりました。

「これちょっとおかしいんじゃないですか」

「僕はこう思ったんですけど、誰も耳を傾けてくれなかったです」

 私は生徒の話を聞きますが、校則を変えるなど相談内容に対して私が直接解決することはありません。ただ話を聞いて、寄り添い、励ましてあげます。

「いいと思うよ」

「孤立しているかもしれないけど、それは正しいことだよ」

 共感する気持ちを伝えて、生徒の背中を押してあげることを続けています。今後少しずつ生徒のエンパワーメントを目指し、子どもたちが自ら行動を起こしてくれるのをひたすらに待っています。

生徒の主体性を成長させるカギは、とにかく待つこと

 教員のなかには、生徒を籠のなかの鳥のように扱ってしまう人もいます。生徒に何かを押し付けている印象を感じるケースがあります。

 たとえば、部活道の顧問として教員主導で技術指導を厳しくする、文化祭の御膳立てを教員の筋書きで進めてしまい、生徒は乗っからざる得ない状態をつくってしまうなど。リベラルな外資系企業にいた私からするとそのようにみえる局面が多々あるのです。

「You can lead a horse to water, but you can’t make him drink.」

「馬を水場に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」

 自発性を比喩として表現したときに、馬を水辺に連れてくることはできるが、水を飲むのは馬自身なんです。待つ姿勢を生徒にみせることができるかどうかが、学校がもつ力なのではないでしょうか。

教員は学習者の思いを代弁できるのか?

 教員は学習者(生徒)の思いを代弁できるのだろうか。自分自身への問いも含めて、考えさせられています。

 学校を会社に置き換えて考えてみると「会社は顧客の思いを代弁できるか?」となります。会社は、会社視点で提供したいサービスを展開すると顧客の声を聞かずに開発やセールスをおこなう場合があります。会社は顧客の声を聞くことができなければ、苦戦を強いられるか、淘汰されます。そういった構造を教育の世界にもあてはめて考えていく必要があります。この話が、どうすればよりよく教員は学習者の思いを代弁できるのか、今一度考え直す機会になるとうれしいです。

Nov 6, 2022 | category : アルムナイラボ


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