「インクルーシブ教育」って結局、何をどうするの

第6回 アルムナイラボ 2022年7月10日(日)より

 ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)1期生の澤井奈々子と申します。私は新卒で大手電機メーカーの海外営業部に4年間勤務して、東京都にある小学校の教員になりました。

 小学校では特別支援学級を9年間、通常学級では1年間担任をしております。2人目の子どもの産育休で大学院に入学し、インクルーシブ教育について研究をしておりました。

 その後、大学院で研究したインクルーシブ教育(障がいのある方とない方が共に学ぶ仕組み)について、OJT研修をさせていただく機会をいただきました。今回は、OJT研修の一部を紹介しながら「インクルーシブ教育って結局なにをどうするの?」をお話します。

大きなショックからインクルーシブ教育の研究へ

 TIをきっかけに、2014年上映した映画『みんなの学校』を視聴しました。障がいの有無に関わらず、子どもたちが同じ教室で「共に学ぶ」なかでお互いの意識を変容させていく様子が描かれていました。

 私は特別支援学級担任として「知的障がいのある子どもは、その子に合った環境(特別支援学級や特別支援学校といった場)で学ぶことが最適だ」と信じてきました。しかし、大阪市立大空小学校の木村泰子先生は、動画で「日本の合理的配慮は合理的排除だ」という表現をされていました。

 私は、知的障がいを持っている子どもに幸せになってほしいと望んでいたのにも関わらず、結果として子どもたちを通常の学級から排除していた可能性があると感じ、ショックを受けました。

 あまりの衝撃にこのまま特別支援教育で担任を続けていくのは厳しいと感じたときに、大空小学校は国内外から「フル・インクルーシブ教育の実践校」と評価を受けており、インクルーシブとは何か、またこれからの公立小学校はどうなっていくのかを研究するために大学院に入りました。

インクルーシブ教育へのイメージ

 インクルーシブ教育という言葉は知っていましたが、どういうものかは理解していませんでした。インクルーシブは「包括的な」と訳されます。包括的な教育といってもよくわからない状態でした。

 インクルーシブ教育の印象はあまりよくありませんでした。特別支援教育が必要な児童を無理やり通常学級に統合させ、インクルーシブ教育という言葉を使って予算削減をしようとしているのではないかと学校現場でもうわさになっていました。

 子ども全員のニーズにあった教育だといわれていますが、現場にいる教員にとっては憤りを感じるほど、教育は簡単ではないです。当初はあまりインクルーシブ教育に対していいイメージを持っていなかったのが正直なところです。

教育は時代と共に変化していく、そもそもインクルーシブ教育とはなにか

 インクルーシブ教育は1994年にUNESCO(国連教育科学文化機関)とスペイン政府によって開催された「特別ニーズ教育世界会議:アクセスと質」において宣言されたサラマンカ声明に関係しています。

 サラマンカ声明は「教育的ニーズは、障がいがある子どもだけではなく、すべての子どもにある」と「変わらなければならないのは子どもたちの方ではなく、教育システムであり、多様なニーズを考慮して計画されていかなければならない」ということを宣言されました。その10年後(2005年)、UNESCOは「インクルージョンはすべての子どもの参加と学びを高め、教育のexclusion(排除や障壁)を減らすためのプロセスである」と公表しました。

 インクルーシブ教育は具体的なものがあるわけではなく、プロセスを指している言葉だと定義されています。定義や具体的な方策には不明点が多く、インクルージョン推進のありさまは国によって異なると研究でもいわれています。

 日本におけるインクルーシブ教育については、2012年に文部科学省が発表した内容によると「同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、(中略)小・中学校における通常の学級、通級による始動、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある”多様な学びの場”を用意しておく必要がある」という、「同じ場」と「多様な場」という相反する表現になってしまっています。


 しかし、2021年の同省発表によると、インクルーシブ教育は「すべての教育段階において、インクルーシブ教育システムの理念を構築することを旨としておこなわれ、すべての子どもたちが適切な教育を受けられる環境整備」と名言され、本来のインクルーシブ教育に近いかたちに変更されました。

インクルージョンレンズ

 インクルーシブ教育の理解を深めるために、UNESCOが提言するいくつかの例をあげて説明します。まず説明するのが「インクルージョンレンズ」です。これは、学校でおきる問題の着眼点を教育システムから考えていくことをさします。

 たとえば、登校できない生徒は、今まで子どもに問題があるとされていました。問題である生徒はほかの生徒と違うニーズをもっており、そのニーズに答えられない結果、子どもは学校から排除されるというのが今までの考え方です。

 インクルージョンレンズの考え方は、発端となる教育システムから考えていきます。教育システムの問題で多様性を扱うことができなくなると、教育の支援ができなくなり、結果的に学校が子どもを排除するという考え方になります。主語を変えるのがインクルーシブ教育の考え方だといえます。

ロボット掃除機

 もうひとつ例を紹介します。みなさんロボット掃除機をもっていますか。私はずっと欲しいと思っていましたが購入に踏み切れませんでした。理由は掃除をしても3分後には部屋が子どものおもちゃでいっぱいになるからです。

 しかし、あるときロボット掃除機が安くなっていたのを機に購入をしました。ロボット掃除機に最大限働いてもらうには、我が家の環境をどうしたらいいのかをプロセスごとに考えてみました。

1、「ロボット掃除機」を受け入れるために

2、「家の中のシステム」が問題と捉え

3、「ロボット掃除機が働きやすい」環境をつくっていく

 これを、学校の教育システムに置き換えて考えていきます。

1、「多様な子どもたち」を受け入れるために

2、「学校教育システム」が問題と捉え

3、「子どもたちが学びやすい・過ごしやすい」環境をつくっていく

 このように、試行錯誤するプロセスこそがインクルーシブ教育という言葉を表現しています。

P&Gが企業内で進めているインクルージョン

 最後に、P&Gが社内で進めている「多様な違いをお互いに生かし合うインクルージョン」を紹介します。組織への帰属意識が低いか高いか、多様な価値観への理解があるかないかを4つにモデル化したものです。

① 除外・排除

多様な価値観が認められず、組織に受け入れられていない。

→障がいのある子どもが、ほかの子どもとは違うことを理由に除外・排除されてしまっている状態です。

② 分化・差別化

多様な価値観は認められているが、異質なグループとして扱われている。

→特別支援学校や特別支援学級が異質なグループとして分化・差別化されている状態です。

③ 同化

多様な価値観が認められず、組織に同化することで受け入れられている。

→「みんなと同じことをしていこう」と周りに合わせる状況です。

④ インクルージョン

多様な価値観が認められ、組織に受け入れられている。

→この状態を目指していくところがインクルージョンではないかと思います。

「インクルーシブ教育」は何をどうすればいいの?

 研究では以下の3つの質問をベースに調査をおこないました。

1、インクルーシブ教育への意識・態度はなにか

・「通常学級の担当経験」や「障がい児教育に関する勉強と経験」があると、インクルーシブ教育に消極的な態度を示す

・日本の教員はフィンランドの教員よりインクルーシブ教育に肯定的

2、障がい種による通常学級への受け入れをどう考えているか

・「複数人で複数の学級を担当している」と、どの障がい種も受け入れやすい

・現行の学校現場に整備されている条件では、一部の障がい種の受け入れしか想定されていない

3、インクルーシブ教育推進に必要な条件とはなにか

・「人員にかかわる条件」が強く求められている

・「インクルーシブ教育に関する明確かつ具体的な方針」は現場に示されることが望まれている

・従来の日本の学校教育システムに依らない「抜本的な革命」が潜在的に求められている

研究からわかる学校教育の現状

 現在、日本の教育システムには無理が生じています。担任ひとりで35〜40人全員をみていることや、子どもの成長速度に関係なく、1年たつと自動的に学年があがってしまうことなどがあげられます。

 日本のシステムに教員の方は疲弊しており、根本的な教育改革が必要としていることがわかりました。また、教育の理想郷だといわれている北欧での意識調査と比較調査をおこないました。北欧の教員たちも試行錯誤しながら悩んでいることがわかりました。

事例1、目の前の子どもになにができるか「九九の暗唱」

インクルーシブ教育についての理解が進んだタイミングで、皆さんが実践できるような具体事例についても紹介をします。

 吃音や学習障がいのある子どもが通っている言語通級の先生からの提案事例です。通常の学級では九九の暗唱をすることが一般的です。しかし、頭にイメージしたものを口に出すことが苦手な子どもは少なくないです。

 本来、九九の暗唱の目的は、かけ算の意味を理解して計算ができるようにすることです。暗唱というやり方にかかわらず、紙に数字を書く方法や数字が書いてあるカードを並び替える方法でも問題はないはずです。

 ひとつの方法に縛るのではなく、子どもたちが学ぶ方法を自ら選ぶ仕組みにするといいのではないか、そう提案してくださいました。

事例2、目の前の子どもになにができるか「ワークシートの記入」

 ワークシートは特別支援学級も鉛筆で記入することが一般的でしたが、実は字を書くとなった途端に思考を放棄する子も存在します。思考を言語化することが目的であれば、手書きに限定する必要がないのではないか、データで入力することも選択肢のひとつではないかと提案してくださった教員もいました。

管理職でもないひとりの教員として、子どもたちのためにできることは

 私はひとりの教員としてできることは、1人ひとり違う多様な子どもたちのニーズに答えるために必要なことはなにかを考え続けることだと思っています。「あなたはどう学ぶか」「あなたはどうしたいか」「どうしたら居心地がいいのか」を子どもたちと試行錯誤しながら、学級や授業における環境を調整していくことが、今できることだと思っています。引き続き、子どもと向き合いながら、最適解を目指します。

Dec 21, 2022 | category : アルムナイラボ


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