第8回 アルムナイラボ 2022年11月13日(日)より
ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)2期生の東京都狛江市立狛江第一小学校教諭、髙橋哲と申します。今回は私がどんな教員なのかを説明しながら、学校に対してショックを受けたこと、学び得たことをお話しをしていきます。
一本歯下駄のインストラクターの顔を持つアクティブな教員
東京都狛江市立狛江第一小学校では「総合的な学習の時間」の主任をしています。前任校では教員と子どもたちと一緒にビオトープの池をつくりました。
池が完成するまで、夜な夜なコンクリートの水路をハンマーで叩き割り、子どもたちは瓦礫を運ぶ作業をしていました。半年後には緑が茂り、メダカがたくさん泳ぐ池が完成しました。
ほかの教員に「重機がないと無理だよ」といわれていましたが、案外体力でなんとかなりました。
普段はそういったアクティブな活動が好きな教員ですが、スポーツ用一本歯下駄のインストラクターとしても活動しています。10kgある米俵をかついで10km完走したり、フルマラソン2回、70km1回、100km3回、147km(世界初)を一本歯下駄を履きながら完走してきました。
YouTubeアカウント「RUNNET channel」:月刊ランナーズ連動企画!!柴又100k完走!一本歯下駄ランナーに密着
10kmと100kmのマラソンでは、おそらく一本歯下駄世界記録だろうというタイムを出しています。一本歯下駄のインストラクターとして「ippon bladeワークショップ」や「ippon bladeで歩いたり走ったりしようの会」の開催している、アクティブな小学校教員です。
登壇のきっかけは「一本歯下駄」の差別
今まで私は一本歯下駄でランニングをしながら学校に通勤をしておりました。ある日「下駄で通勤するな」と注意を受けて、一本歯下駄を履かずに足袋でランニングをしたところ「ランニング自体やめてくれ」と、かつてランニング通勤していた副校長先生に指摘されました。
どれくらい厳しく注意されたかというと、ケーキを購入するために自転車を学校に置いて帰宅したら、次の日に校門で待ち伏せされて注意を受けました。「なんで自転車で来ないんだ」と問い詰められ、理由をお話しするものの「そんなのは理由にならない、服務規律違反だ」といわれました。
私は納得がいかないまま、校長室に呼ばれ注意をうけました。私の実績を活かした取り組みを以前から提案し、歩み寄ろうとしましたが聞く耳を持ってくれませんでした。
「常識的に……」
「普通は……」
「誰もやってないよ……」
こういった言葉をたくさん聞く状態です。さらにインストラクターの「兼職兼業届」を教育委員会に提出しようと学校にお話しするものの、用紙すら渡されず「前例がないから難しいと思うよ」とあっけなく拒否されました。一方、ほかの教員は一本歯下駄ではない内容でスムーズに「兼職兼業届」を受け取っていたようで「差別的だな」と悲しく思いました。
この状況下で学校からは「子どもの個性を理解し尊重した教育をしてください」といわれます。同時に「教師の個性を理解し尊重した職場になっているんですか」と感じます。
大人になると「自分らしく」働くことは否定されるのか。一本歯下駄で通勤する個性がつぶされたように、何かしらの自分らしさをつぶされることや職場で浮いてること、過ごしづらいと感じているかたはいると思います。そういった点を少しでも奪回できたらいいなと思っています。
そもそも「自分らしく」働くってどういうことか
そもそも「自分らしく」働くってどういうことか。私が思う理想の学校について考えてみました。
①職場にあそび=余裕(人的、精神的、空間的)があるか
職場の人数が少ない学校が多く、そうすると1人でも風邪で休んでしまうと大変な状態になります。人的な余裕や精神的な余裕があるかないかで状況は変わってくるのです。
②上司・職員に受容的な雰囲気があるか
上司は人を管理する責任があるからこそ、新しいことにチャレンジしない嫌いがあります。時代に合わせた教育に変えていこうと話しても、それに伴うリスクが影響して動こうとしないケースがあります。
③評価に多様な視点があるか
評価されるポイントは、仕事ができる、授業が上手、生活指導ができるなどがあげられると思います。一方で、人間関係を円滑にするかた、事務仕事は苦手だがほかに得意な分野があるかたに対して多様な視点で評価しているのか疑問が残るところです。
毎年のように「主任になれ」とプレッシャーをかけられますが、昇任試験にまったく受かりません。受からない状態でさらにプレッシャーをかけられるので悪循環が繰り返され、自己肯定感が下がりつつあります。
教室の余裕があり、教員同士に受容的な雰囲気があって、評価に多様な視点であることが重要だとおもっています。
徹底的に受け入れる学級経営
私は児童一人ひとりを徹底的に受け入れる学級経営を目指しています。子どもに対して怒鳴らない、感情的に叱らない、しっかり対話をすることを意識しています。
実際に取り組んだ結果、もともと課題や宿題はほぼやらずに自分の好きなことに時間を費やした天才的な3タイプの子どもがどう変わったかを紹介します。
■ Aさん
もともと友達も少なく距離がありましたが、注意や怒鳴ることをせずに褒めたら、だんだんと心を開くようになり、友達が増え、自然と会話ができるようになりました。
■ Bさん
本当に芋虫のことが好きすぎて、友達があまりできない子どもがいました。そこで芋虫を好きであることを褒め続けていた結果、虫好きな友達がたくさんできました。今では「生き物については、この子に聞こう」という流れまでできている状態です。
■ Cさん
給食の時間以外は発言しない子どもがいました。そこで、宿題や課題に食べ物を関連づけることで課題にも少しずつ取り組むようになり「防災レシピコンテスト」で特別賞を受賞し、校長先生から表彰されていました。結果的にクラスの子どもたちが給食をよく食べるようになりました。
宿題や課題をなにもやらない「ダメな子ども」と評価するのではなく、クラスメイトがその子どもに対して何かしらのスペシャリストとして、クラス全体で受け入れられる体制をつくることが重要だと思いました。
この3人以外でもさまざまな個性をもった子どもたちがいます。受け入れることでいい関係が築けていると思います。
子どもたちだけではなく、教員もいろんな個性をもっている
子どもたちもそうですが、私たち大人も個性を受け入れてもらうほうが伸び、仕事の効率も上がっていくと改めて感じています。
今回、私がこんなにショックを受けていたかというと、ただ走るのがダメということではなく、その関係にある私のwell beingという価値を置いているところを理解しようともしない態度があったからです。
(TIの仲間たちと講演前にランニング)
人それぞれ違いますが、well beingを大切にして自分らしく働ける社会にしていきたいのが私の願いです。