「私たち」の「学校」の再構成

第2回 アルムナイラボ 2021年11月14日(日)より

 みなさん、こんばんは。ティーチャーズ・イニシアティブ(以下:TI)1期米倉ラボ、通称トーマスこと内田稔です。本日は、「『私たち』の『学校』の再構成」と題してお話をさせていただきます。よろしくお願いします。

 突然ですが、40年連続で減少しているものがあります。何だかわかりますか?それは、子どもの人数です。一方で、8年連続で過去最高を更新し続けているものがあります。何でしょうか……不登校の人数です。今年度は、昨年度の8.2%増だそうです。これは、なぜなのでしょうか。

 登校拒否、不登校の要因は、それらが社会問題として浮上してきた1960年代には子ども本人あるいはその保護者といった個人の問題として語られることがほとんどでした。その代表的意見が「母子分離」できていない、とするものです。しかし、1970年代頃から、学校にこそ要因があるとする意見が多くみられるようになってきました。

 イヴァン・イリイチの脱学校論が注目を集めたのは、丁度この時期に当たります。最近では、教育学者の汐見稔幸さんが著作のなかで「不登校の増加は、システムに原因がある」とする持論を展開されています。文部科学省も、1992年に公表した報告のなかで、それまでの個人要因説を否定し、不登校はどの子どもにも起こり得る問題として捉える必要性に言及するようになりました。

 さらに、2017年に施行された教育機会確保法を受け、学校復帰だけが不登校支援の目的ではなく、児童生徒の主体的な進路選択や自立を支援するために、本人の希望を尊重し、フリースクール等のNPO、民間施設での受け入れや、学校とそれらとの連携・協力の意義を認めるに至っています。不登校を特定の児童生徒やその保護者といった個人の問題として片付けるのではなく、社会全体の問題として捉え、すべての子どもがもつ教育を受ける権利を保障するために、既存の学校外にも多様な成長・発達のための環境を整えることが求められています。

みんなと今を生きる場所「ならはらの森なかの学舎」

 そのなかの1つが、今日お話させていただく、「ならはらの森 なかの学舎」です。2022年4月の本格的な開学を目指しています。私は、副理事長という立場でその設立準備に携わらせていただいています。「なかの学舎」は、学校で居場所をみつけることに困難を抱えている児童生徒の健全な成長・発達、及びその保護者への支援を目的とし、東京都八王子市に設立されます。

 設立主体は、学校法人八王子中村学園「なかの幼稚園」の前園長 高橋恵子先生を代表とする、当園関係者の有志による任意団体で、現在、NPO法人格の取得申請をしているところです(2022年4月に法人格取得)。すでに建物は完成し、2021年9月からオープンしています。現在(2021年11月)、小学校1年生から中学校1年生までの11名が通っています(2022年7月現在31名が登録)。見学に来られる方も増えていて、他市、他県からわざわざ来られる方もいらっしゃいます。

なかの幼稚園設立の背景や経緯

 ここで、その設立の背景や経緯について少し触れさせていただきたいと思います。「なかの幼稚園」は、高橋恵子先生のご両親が、地域に住む人々の要望に応えて、1968年に設立した、私立の幼稚園です。「日本一幸せな幼児期」をスローガンに掲げ、生活・体験、対話を重視した、子ども中心の特色ある幼児教育をおこなってきています。

 その実践の理論的背景には、白梅学園短期大学名誉教授の故久保田浩先生の思想があります。久保田先生は、大正自由教育の流れを継承する戦後新教育運動の旗手の1人であり、やはり新教育運動における代表的人物の1人とされる梅根悟が掲げた生活実践を核とするコアカリキュラム論の典型とされる「吉城プラン」作成の中心者でもありました。「なかの幼稚園」では、前園長高橋恵子先生、その実の弟で前理事長だった故中村健先生をはじめ、全教職員が、久保田先生が創立し、その初代会長を務めた幼年教育研究所において、久保田先生と共に、長年、実践研究をたゆみなく継続してこられ、今日に至っています。ですから、「なかの幼稚園」は、大正自由教育・戦後新教育の思想・実践を継承している、いわば「新教育の系譜」に連なっている幼稚園だということができます。

ティーチャーズ・イニシアティブとの出会いと問題意識

 私自身は、17年間の教職経験を経るなかで、公教育を多様化する必要性を強く感じてきました。なぜなら、現在の義務教育のシステムでは、多様なニーズをもつ子どもたちの権利を守ることができていないのではないかと考えるからです。私は、これまで発達に課題があるとされる子どもを受け持つことも多く、その度に、学級・学校で起きる、そのような子どもたちにまつわる問題の多くは、その要因を個人に帰すべきではなく、学校という環境と子どもの特性との間のミスマッチにこそ求めるべきではないかという思いを強くしてきました。

 そして「学校とは何か」をみつめ直したい、そのような思いから、東京都教育委員会による派遣という形で教職大学院に進みました。そこで、国内・国外の多様な教育の在り方について学ぶなかで、このTIとも出会いました。また、不登校あるいはその傾向にある子どもたちとも多く関わってきました。様々なケースがありましたが、そこでもやはり「子どもの特性と環境とのミスマッチ」を強く感じてきました。現在でも、発達に課題があるとされる子どもへの対応として、特別支援学級等がありますし、不登校の子どもへの対応として適応指導教室等があります。

 しかし、その名称にある「特別」「適応」という文言からも明らかなように、それらは常に、大多数の子どもたちが属すると考えられている「普通」との対比で認識されています。このことは、子どもたちの多様な成長・発達のあり方が平等には認められていないことを物語っています。制度の方を子どもの命に引き寄せていくのではなく、子どもの命の方を制度に合うように変えようとする、治そうとする、そんな考え方が透けてみえてきます。では、今生きている子どもたちの命に引き寄せた、「学校」とはどのようなものであるべきか。万人が納得する答えは、恐らく存在しないでしょう。しかし、少なくとも自分はどう考えるのか。このことに答えを出したいというのが私の問題意識です。

なかの幼稚園との出会い

 そのような私が、「なかの幼稚園」と出会ったのは、我が子がそこで本当に幸せな幼児期を過ごしたからです。「なかの幼稚園」の卒園生のなかにも、小学校、中学校段階で不登校になる子どもたちが一定数います。私の2人の息子たちもそうです。そこには、幼児教育から初等教育への接続ということ以上に、新教育から旧教育への接続というギャップがあるのではないかと思っています。そのような卒園生の保護者等からかねてより寄せられていた要望に応える形で、高橋恵子先生が協力者を募り、不登校の子どもたち、また既存の学校教育に馴染めない子どもたちのための学びの場をつくることを目的とした任意団体を発足させました。

 私はもともと、もっと学びを深めたいという思いから、アメリカの大学院留学を目指していました。しかし、高橋先生から「手伝ってもらえないか」というお話をいただき、留学を取りやめ、2021年の2月から参加させていただくことにしました。学校をつくるという経験以上の学びは考えられないと思ったからです。この間、「なかの幼稚園」の教育理論を守り、実践し、深め続けてこられた中村建前理事長がお亡くなりになりました。その2週間前、私をご自宅に招いてくださり、春の柔らかな陽光を浴びながら、お庭のテラスで、教育について語り合わせていただいたことは、一生涯忘れることができません。

学校教育の前提を問い直す定期的な対話の場「私たちの学校を考える会」

 私は、現在、主に理念の構築および教育実践上の助言をおこなっております。そのなかで、提案し、実践してきているのが、「私たちの学校を考える会」です。これは、事務的な会議とは明確に区別した、定期的な対話の場です。毎回、現在の学校教育の前提となっている事柄について再考するきっかけとなる問いを設定し、それをめぐって対話することを通して、自分自身の認識を新たにしていくという試みです。

 そこで話し合ってきた問いの例としては「教育を、その方がよりよくなることを支援する営みであるとしたとき、そのよさを決めるのはだれか」や「今の学校教育で、子どもたちの学ぶ権利は守られていると思うか」「子どもたちが学校で身に付けていることは、幸せにつながっていると思うか」といったものがあります。学校というものをゼロベースで考えてみよう、ということです。TI1期の皆さん、思い出していただけるでしょうか。これは、皆さんと一緒に取り組ませていただいた、TI1期の米倉ラボのセッションそのものなのです。

 それをリアルに、継続してやっているということです。そして、本当に学校を創っちゃうみたいな。あの時、米倉ラボのみんなと語り合ったこと、TI1期のみんなと分かち合ったことが、確実に今の自分のなかに脈打っています。本当にありがたいことです。

 また、「私たちの学校を考える会」では、米国「サドベリーバレースクール」のようなデモクラティックスクール、和歌山県「きのくに子どもの村学園」や大阪府「箕面子どもの森学園」といったオルタナティブスクール、「東京シューレ」や神奈川県「フリースペースえん」といったフリースクール等での実践についても学び合っているところです。

 そのような対話を通して、現時点で「なかの学舎」が目指す方向性として、次の4点を確認し合っています。まずは、「安心・安全な居場所」であることです。子どもの権利を守ることを第一とし、一人ひとりがありのままの自分でいることができる、安心・安全な居場所であることを目指します。次に、「体験・生活から学ぶ場所」であることです。子どもの「やってみたい」を大切にし、様々なことにチャレンジして失敗や成功を繰り返すなかで、体験的に学びを積み重ねていくことができる場所を目指します。そして、「人・自然・社会とつながる場所」であることです。豊かな自然のなかで、多様な個性をもつ子どもたち同士、またスタッフや講師、地域の方と交流し、自分の世界を広げることができる場所を目指します。最後に、「対話を通して自分をみつめる場所」であることです。子どもたちはもちろん、関わる大人同士も、対話を通して、互いに励まし、学び合い、成長することができる場所を目指します。

 私自身の展望として、次の3つのことに取り組みたいと考えています。第一には、「私たちの学校を考える会」を、さらに多様な参加者を巻き込みながら、発展・継続させていくことです。第二には、「なかの学舎」というこの取り組みについて、リサーチクエスチョンを設定して、質的研究を試み、論文化することです。第三には、「なかの学舎」の認定NPO法人化を実現して、実績を積み、ゆくゆくは、八王子市に公設民営のフリースクール設置を実現することです。そのことを通して、公教育の多様化に貢献できればと考えています。

 これからも、TI1期米倉ラボの仲間と誓い合った、自分自身が教育分野における「チェンジエージェント」たることを目指し、自分らしく、前に進んでいきたいと思います。本日は、このような機会をいただき、本当にありがとうございました。以上です。

Aug 30, 2022 | category : アルムナイラボ


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